『藤子・F・不二雄 SF短編集』ビジネスチャンスは人の不安から……? 作中に出てくる不気味な職業

 「少し不思議な物語」を具現化した名作として知られ、ドラマ版も話題の『藤子・F・不二雄 SF短編集』。短編作品ではフィクションの世界ならではの職業やユニークな会社が登場することも多く、「人の生業」というものを考えさせられる。本稿では、その中でも現実世界に存在したらちょっと不気味な職業を紹介したい。

「イヤなイヤなイヤな奴」で大活躍! 宇宙のにくまれ屋

 ひとつめに紹介したい職業は「イヤなイヤなイヤな奴」という宇宙船の船員たちの生活を描いた短編に登場する、「にくまれ屋」だ。いつか来るかもしれない宇宙時代をモチーフにしたこのエピソードでは、宇宙船の中で何十人もの船員たちが缶詰にされて、1ヶ月以上長期間共同生活を送るのだが、物語冒頭、船内の数少ない娯楽であるカードゲームを行った際に、船員たちによる仲違いが発生してしまう。閉ざされた環境で赤の他人が顔をつきあわせて長期間暮らす長距離宇宙船の勤務の中では、仲間割れがつきものなのだ。

 「にくまれ屋」とは、こうした宇宙船勤務中に率先して船員たちの仲を引っ掻き回したり、船内に立て籠ったり、反乱分子のフリをすることで、他の船員たちの共通の敵となり団結力をアップさせるという仕事だ。恋人同士や家族でさえずっと狭い空間に長時間いれば、ケンカが起きやすくなる。一切逃げ場のない宇宙船内での仕事で、宇宙空間での移動にも気を張る必要があると考えると、よりストレスフルな環境であることは想像に容易いだろう。そのため、にくまれ屋はヒール役となり、船員たちから殴り蹴られ銃口を向けられるなど、全隊員のストレスの捌け口となりながら船員の団結力アップに貢献するのだ。作中でこの職業はかなり高級取りな職業として描かれているが、ある意味身体を張った「宇宙時代の救世主」とも言えるだろう。

夢の国でサラリーマンたちのストレスを解消? 「休日のガンマン」のキャスト

 開拓時代の西部を忠実に再現し、施設内でカウボーイ体験が楽しめるウエスタン·ランド。このエピソードは、普段は銀行員など一般のサラリーマンをやっている4人が、衣装に着替えて1日ガンマン体験をし、銃の撃ち合いや銀行強盗などのアクティビティに参加するというストーリーだ。

 広大なパーク内は、まるで映画セットがそのまま再現されたような西部劇の世界観。普段は、銀行員などの一般企業で上司やクライアントに頭を下げてまわっている主人公たちは、拳銃を片手に大張りきりだ。決闘シーンや銃撃戦では相手を撃ち殺してドヤったり、ここぞとばかりに映画スターを気取りカッコつける。また、来園者の中には首吊り体験(もちろん安全ロープで安全は確保されている)や、銀行強盗などのアトラクションに別料金で参加し、非日常を味わおうとするものもいる。

 こうした客層のため、ウエスタンランドの従業員は全員役者で、銃撃戦があれば殺されたふりをしたり、状況に応じて身体を張ったスタントをやったりする必要があり、要望に合わせて客に追加チップを請求するのだ。また、大企業の社長や会長クラスが、金の力を使って英雄になろうとする場合もあり、かなりの臨時収入が入ることも。「仕事のストレスをガンマンごっこで解消したい!」そんなサラリーマンたちの欲望を叶える夢の国のキャストたちもまた高級取りなのだ。

 『藤子・F・不二雄 SF短編集』の中にはこのほかにも、核戦争の恐ろしさを訴えて核シェルターを契約させようとする販売人や、権力者や財界の大物たちが夢中になる、通えば通うほど幼児化していく会員制施設「やすらぎの館」などの仕事も登場する。人間の不幸や不安から生まれた仕事が儲かるのは、ノンフィクションでもフィクションの世界でも同様なのかもしれない。

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