「世界」編集長・堀由貴子インタビュー「自分の居場所だと思ってもらえる雑誌にしたい」
自分が読みたい雑誌にしよう
--2022年10月に「世界」編集長になられましたが、就任の打診はどう思いましたか。
堀:自分にはとてもできないと思って怖かったです。
――編集長になるにあたり、雑誌について真っ先に考えたことはなんですか。
堀:自分が読みたい雑誌にしようということです。私は「世界」編集部で中心となって活躍してきたわけではなく、根幹からは距離があった。でも、あんなに職場で長時間を過ごして自分なりに愛着もあったのに、距離感があるのはなぜだろうと考えました。この雑誌をふらりと書店に入って自分のお金で買うかというと、そうではなかったのかなと。編集長の責任を引き受けるからには自分が「自分の雑誌」と身近に思うものにするしかないと思いました。
――2024年1月号からのリニューアルについては、ウェブに方針が掲げられていましたけど(『世界』リニューアルのお知らせ)、どのように考えていったんですか。
堀:インパクトある装丁に魅かれ、須田杏菜さんにデザインをお願いしたいと、これは早い段階で決めました。最初の編集会議でいくつか方針を示して、書き手に多様性を、半分は女性に、ということもその一つでした。それは、自分と雑誌の距離感について考えるなかでまず浮かんできたことでもあり、あわせて、常に新しい書き手に出ていただけるように、とも言いました。
――あまり論壇誌を読まない女性層、若い層をとりこもうということですね。
堀:マーケティングは特にしていないんですが、結果として女性や大学生など、読者を広げようとする方向により舵を切りました。執筆者の半分を女性に、ということは編集部の前提としていつも気にしていますが、ここまでやってきて、常に新しい人に出てもらうことがすごく大事なんだと改めて思うようになりました。編集会議の議論は雑談も含めて大事な時間ですが、私を含め編集部員がその場で思いつく、あるいは思いつきやすい範囲で考えていくと、すぐにマンネリ化していってしまう。
――新しい書き手は、どうやって見つけるんですか。
堀:新しい書き手を探すこと自体は大変ではないです。研究者の方であれば、歴史学にせよ経済学にせよ、様々な領域を深め、その人だけの景色を開拓する人たちはたくさんいます。むしろ、紙媒体の影響力の低下という事情もあって、最近は雑誌に書く、日本語で本を書くことの意味がシビアに問われます。学問的に必ずしも実績とされるわけではない、そして皆さんお忙しいなかで、なぜ雑誌に書くのか。こみ入ったこと、あるいは思いきったことを書ける、しっかり受けとめてもらえる、社会との接点ができる……そう感じていただけることが大事だと思いますし、可能であれば打ち合わせでお話をうかがい、コミュニケーションをとらせてもらっています。
――現在の編集部はどういう体制ですか。
堀:4月から新入社員が1人増え、私を入れて6人です。女性と男性が3人ずつ。年齢は20代が1人、30代が3人、50代が2人です。
――バランスがよさそうですね。誌面でのテーマや執筆者は、どう決めるんですか。
堀:この間、国内外の情勢を受けて緊急特集を組むことも多かったのですが、編集会議でそれぞれの関心を話すなかから特集がだいたい決まっていきます。観念的に、頭のなかでつくるのではなく、素直に知りたいと思うことを持ち寄って特集にしていきたい。ChatGPTの特集(2023年7月号)や「限界を生きる――超高齢社会の老後とは」(同年12月号)などはそうです。
――リニューアル直後の2024年1月号では新連載「〈小さな物語〉の復興」で英文学者の小川公代さん、新リレー連載「スケッチ」の第1回で作家の多和田葉子さんなどが登場していたので、文芸誌も視野に入れているのかなと思いました。
堀:リニューアルを経て改めて気づいたのは、総合雑誌はいろいろな言葉が出会う場所であるということでした。研究の言葉、アカデミックな言葉もあればジャーナリスティックな言葉もあって、それがひとつの雑誌に同居している。国内外の情勢がどんどん複雑に、あるいは手が届かないようなものになっていくなかで、もっといろいろな言葉がなければ世界を立体的につかめないのではないか。新しくカラー口絵でドキュメンタリー写真の連載が始まりましたが、写真も、文学の言葉も、欠かせないものと思います。
――リニューアル後、特に読者の反応がよかったのは、どのテーマですか。
堀:「ふたつの戦争、ひとつの世界」特集を組んだリニューアル第1号です。重版するに至ったのは、ウクライナとガザというふたつの戦争について知りたい、何とかそれを止めたい、という方が多かったことも大きいと思います。
それから、武田砂鉄さんの連載「最後は教育なのか?」は、これまでの読者と新しい読者、両方からの感想が寄せられています。教育は雑誌がずっと大切にしてきたテーマですが、武田さんは、学校を卒業し、子育てで関わっているわけではない、いわば外側にいる距離感から教育とどうかかわり得るかを考えておられて、研究者の方と、普段づかいの言葉で、まだ言語化されていない部分に光を当てる連載です。
2月号のキム・ウォニョンさんと伊藤亜紗さんの対談「問いとしての障害」について、雑誌の新しい方向性が見えてきた、と感想をもらったときはすごくうれしかったです。障害とは社会の側の問題である、という「社会モデル」は非常に大事な考え方で、依然としてそれを強く打ちだしていかなければいけない場面も多いですが、それだけでは語り切れなかったこともある。繊細なテーマを語るお二人の言葉の柔らかさにふれていただきたいです。