「ビールは神々からの贈り物」世界の飲酒文化が変えてきた、宗教とスピリチュアリズム

  世界三大宗教は仏教、キリスト教、イスラム教なのは改めて言うまでも無いが、他の二つが(本来は)飲酒を禁じているのに対し、キリスト教は禁じていない。キリスト教で重視されるのはワインだ。

  西アジアが起源と考えられているワインだが、現在では60か国以上の国で生産されており、世界中の愛好家に好んで飲まれている。ワインは酒として上質なだけでなく、古来よりスピリチュアルなイメージも強かった。その理由は鮮血のような赤い色である。

  本来なら腐って干からびてしまうブドウが、発酵過程でブクブクと音を立てて赤い液体として蘇るのである。古代人はそこに「血」「生命」「復活」などの意味を見出しのだろう。古代メソポタミア、エジプトではスピリチュアルな文脈でワインの誕生が語られている。古代ギリシャでは蘇りの力を持つ収穫神ディオニソスをワインの神として結び付けた。

  キリスト教においてワインは「イエス・キリストの血」「神の国を象徴する飲み物」である。ブドウが摘み取られ、圧搾された後に発酵してワインに変わるプロセスがイエスの「苦しみと死」「蘇り」とイメージされた。

 カトリックの儀式であるミサには「聖体」のシンボルであるパンと「イエスの聖なる血」であるワインが欠かせない。この二つは西洋美術にもよく登場するシンボルである。食べ物のモチーフとキリスト教と西洋美術については宮下規久朗(著)『食べる西洋美術史「最後の晩餐」から読む』が詳しい。

 アルコールの神秘性は魔術の一種である錬金術でも重宝された。人気コミック『からくりサーカス』に登場した万能の霊薬アクア・ウィタエ(aqua vitae、ラテン語で「命の水」の意味)は錬金術の集大成という設定になっていたが、設定の基になったのは13世紀の医学書に登場する薬アックア・ヴィータである。その正体は蒸留してアルコール濃度を高めたワインだ。中世世界においてアルコールは万病に効果があると信じられていたため。アルコール濃度を高めればより薬効も高まるであろうという理屈である。

  水分をとばし、成分濃度を高めることができる蒸留は錬金術の要ともいえる技術だ。中世初期はイスラム世界で錬金術が最盛期を迎え、その過程で多くの発見がなされた。錬金術(alchemy)、アルコール(alcohol)、蒸留器(alembic)など錬金術に関わる用語にalがつくのはalがアラビア語の定冠詞であることに由来する。遠くイスラム世界から発症した蒸留酒だが、今では世界中に存在する。ジン、ウィスキー、ウォッカ、焼酎、泡盛、白酒、ウーゾ、テキーラ、国も地域も異なるがすべて蒸留酒である。

 現在において酒は嗜好品だが、酒は中世世界においては魔法の霊薬であり、古代においては神々との繋がりだったのだ。

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