『火の鳥 大地編』『妻から見た一代記』……手塚治虫、描かれなかった幻の新作は? インタビューから考察

息子との対談本や、妻が登場する新作の構想も

  他に語っていた新作の構想のうち、興味深い作品の一つが、「手塚の奥さんから見た手塚治虫の一代記」である。タイトルはまだ決まっておらずあくまでも構想段階だったようだが、妻視点の手塚の姿を、漫画家ではなく、アニメーター寄りの内容で描いてみたいとする構想だ。手塚はNHKの朝の連続テレビ小説を例に挙げ、アニメに取り憑かれた男に寄り添う女性の話を描きたい、と考えていたようだ。

 手塚の自伝的な漫画は『紙の砦』『ゴッドファーザーの息子』など多く描かれているし、『マコとルミとチイ』など自身の家族を題材にした作品もあるが、妻視点の作品、しかもアニメをテーマにした作品は非常に斬新である。さらに、アニメーターの姿を描いた漫画自体も珍しい。内容的には大人向けの漫画になりそうだが、どんな内容になっていたのか興味津々である。

 他にも、息子の手塚眞と対談集を出す計画もあったようだ。これは大和書房で出版が企画されたようで、例えば特撮や女性など20くらいの項目を出してもらい、様々なテーマについて話を交わす本を考えていたようだ。

  当時、手塚の年齢は世間には62歳と思われていたが、実際は60歳であり、まさに人生の節目であった。妻、そして息子と、こういった作品が企画されていたということは、手塚は1989年を自身の人生を振り返る機会にしようと考えていたのかもしれない。

いったいどんな依頼があったのだろうか

  手塚はインタビューの中で、あちこちから仕事の依頼があると語っている。手塚は晩年も人気漫画家であり、仕事の依頼は絶えなかったし、イベントなどのマスコットのデザインも精力的にこなしていた。出版社側がいったいどんな仕事を依頼しようとしていたのか、非常に気になるところである。

  もしかしたら、手塚から構想を聞かされていた編集者や関係者も、実は何人もいるのではないだろうか。その中には世に知られているアイディアもあれば、知られていないものもあるだろう。2024年は手塚の没後35年という節目だが、断片的に話を聞いていたはずの編集者も高齢になっており、年月の経過とともに記憶がおぼろげになりつつあるのではないかと危惧される。

  手塚の子ども時代を知る人の証言を『親友が語る手塚治虫の少年時代』にまとめた田浦紀子のように、関係者の思い出や記憶をたどり、手塚の人物像を明らかにしようと試みている研究者もいる。晩年、手塚から直接、作品の構想を聞かされたと編集者はまだまだいるのではないだろうか。そういった人は、ぜひ筆者に一報いただきたいものである。

関連記事