書評家・豊崎由美が指摘する「物語」に隷属してしまう危険性 初の時評集『時事書評』を杉江松恋が読む

 文学を信じたい。文学を信じる。

 ロシア大統領プーチンによって引き起こされたウクライナ侵攻という世界的有事について書評家・豊崎由美は、メディアはロシア政治や軍事関係の専門家知見だけであなく、ロシアに生きる人々の姿をよく伝える文学の力も借りるべきではないかと提言する。「イワン雷帝以来、幾人ものモンスターの独裁に脅かされてきたロシア(ソ連)の人々を身近な存在にしてくれるのは文学作品だと、わたしは思うんです」と豊崎は書く。文学の持つ力の一つにこの、他者を身近な存在として感じさせてくれるということがある。しかしウラジーミル・ソローキン『親衛隊士の日』(松下隆志訳。河出文庫)に描かれた悪夢のようなロシア世界が、まさか身近なものとして感じられるようになる日が来るとは。

 『時事書評』(教育評論社)は、2020年から2023年初頭にかけて豊崎がウエブ媒体に連載したものを母体とする初の時評集だ。古今東西の文学作品を引用しながら、そのときどきに起きた出来事を論ずるという形式で書かれている。各章の最初には、取り上げた出来事について簡潔に記載されており、それによって過去を振り返ることができる。連載期間はちょうど、新型コロナウイルス感染が広がって経済が沈滞化した時期と重なっている。経済的に余裕がなくなったことに伴って社会は分断が進行、他罰主義など極端な言論を表明する者が、そのわかりやすさゆえに支持を集めるようになった。その世相を、著者がどのように見ているのか、ということが一つの読みどころになっている。

 巻頭の「松本人志発言、杉田水脈ツイートを『脂肪の塊』で考える」は、2020年4月に、営業自粛要請に応じた事業者への休業補償について、松本人志がTV番組「ワイドナショー」において「水商売のホステスさんが仕事休んだからといって、普段のホステスさんがもらっている給料を我々の税金で、俺はごめん、払いたくはないわ」と発言したことを取り上げている。

 これを評するものさしとして豊崎が選んだのはフランスの作家モーパッサンの短篇「脂肪の塊」(『脂肪の塊/ロンドリ姉妹〜モーパッサン傑作選』太田浩一訳。光文社古典新訳文庫他所収)だ。1880年に発表されたこの作品は、隣国プロイセン(ドイツ)との戦争でフランスが敗北した1871年を舞台にしている。詳細は省くが、ここで描かれているのは、道徳的・倫理的に正しい立場にいるという大義名分を元に、そうではない人というレッテルを貼った他者を見下し、差別する心性である。

 豊崎は先の松本発言や、国会議員水田水脈の、外国籍住民を対象とした給付金は見直すべきだという主旨のツイートを取り上げ、こう書く。

——わたしはそのすべて(注:ホステスは自営業者として元手がかかっているし、外国籍住民も税金は納めているという声)を「なるほど」「そのとおりだ」とうなずきながら読みながらも、心の片隅で「ホステスさんがたとえどんなに楽して贅沢三昧な生活をしていようが、仕事がなくなったら困るんだから助けるべきじゃないの?」「税金を納めていなくたって、今現在日本で生活していて、この新型コロナウイルス禍で困っている外国籍の人がいるなら、全員助けるべきなんじゃないの?」と思っていたんです。

 これは自然権に関する基本的な思考で、「権利には義務が伴う」と主張する人々とは正面から対立する。豊崎が本書をどのような姿勢で執筆しているかは、ここにはっきりと示されている。この稿は以下のように結ばれる。

——で、こんなことを書くと「頭の中がお花畑」と言ってくる輩が出てくるわけですが、お花畑、素敵じゃん。頭の中が地獄の釜と化すより全然いいじゃん! ねー。

 豊崎がうっすらと予測しているように、2020年代には「頭の中が地獄の釜と化」した者、自分の頭に浮かんで見える仮想敵を滅ぼすという目的のためには、いかなる手段も正当化されるのだと信じる人々による過激な言論が飛び交うようになり、世界はいっそう住みづらいものになっている。その中で誰も傷つけず、誰に対しても恥じずにいられるようにすることは難しい。豊崎はさまざまな文学作品を読みながら、自分を持する道を模索していく。松田青子『持続可能な魂の利用』(中央公論新社)によって、内なる「おじさん」、つまり日本の男性優位主義を無意識のうちに肯定してしまっている自分はいないかと考え、ジョン・ケネディ・トゥールの『愚か者同盟』(国書刊行会)を読んで、正しくあることに汲々としている気持ちを解放しようと呼びかけるのである。

 もちろん、何かのため、の処方箋としての読書のみを推奨する本ではなく、優れた文学、楽しい小説を、それ自体鑑賞することの悦びが随所に綴られている。2021年に発表された二つのAI小説、イアン・マキューアン『恋するアダム』(村松潔訳。新潮社クレストブックス)とカズオ・イシグロ『クララとお日さま』(土屋政雄訳。ハヤカワepi文庫)を対比する章は、ネタばらしなしに両作の特徴が際立った形で紹介されていて出色だし、芥川賞受賞前に書かれた宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出文庫)を熱量高く推す章では、内容と不可分である巧緻な文章表現への言及があって、読み応えがある。石原慎太郎の死に伴い、現在では決して世評が高いとはいえないその作品群をきちんと論じ、あくまで小説家として悼もうとする姿勢にも共感する。

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