平安時代のオタク気分が味わえる? 古典が苦手な人にこそ読んでほしい『いとエモし。超訳 日本の美しい文学』

SNSを流し見しているような気分に

 実は私は高校生の頃、国語が、中でもとくに「古文」が苦手だった。受験科目の中で、点数を上げるのにもっとも苦労したと言ってもいいかもしれない。

 理由は簡単で、興味を持てなかったからだ。

 こう言っちゃ失礼かもしれないが、恋する気持ちやもどかしい思いを歌にして詠むという行為がどうにもこうにもまどろっこしく思えて、「もっとわかりやすく言えばいいのに!」「本当にこんなめんどくさいことしてたの?」と、教科書の向こう側にいる彼らのことがうまくイメージできなかったのだ。

 小野小町や清少納言、柿本人麻呂といった作家たちは、あくまでも教科書に印刷された文字でしかなく、実際に生きた人間として、身近に感じることはできなかった。

 しかし、である。

 この本はすごい。

 『いとエモし。』を読んでいると、いい意味で、SNSを流し見しているような気分になれるのだ。難しさや堅苦しさをまったく感じさせない。あ、バズったポストが流れてきたな、みたいな、そんな感覚。

 111編、作者は誰か、どんな時代背景でつくられた作品なのか、簡単な解説も載っているのだが、中には「詠み人知らず」と書かれているものもあった。

 ああ、そういえば高校の授業で、「詠み人知らずって何それ……」と思ったことあったな、と記憶が蘇ってきたりしたのだが、本書ではこう解説されていた。これもまた、面白かった。

 ちなみに、女性の歌もたくさんあるのだけれど、とにかく名前が読みづらい。たとえば大伴坂上郎女とか、藤原俊成女とか。

 というのも、当時は「本当の名前は表に出してはいけない」という文化があったので、彼女らも本名ではなく、誰々の女だとか、〇〇式部といった形の名前になっている。

 ちなみにちなみに、「詠み人知らず」といって、作者がわからない、もしくは隠している歌もある。いったい誰がどんなときに書いたんだろうなーと思うと、これはまた妄想が広がる。

 あ、そういうことだったの!? と、学生時代からの謎がここで明かされたような気持ちになった(いや、きっと国語の先生は説明してくれていたのだろうが、興味がなさすぎて頭からすっかり抜け落ちていた)。つまり、当時の人々もペンネームを使っていたわけだ。

 さしずめ「詠み人知らず」の歌というのは、現代の感覚に無理やり置き換えるとしたら、「適当につぶやいたらうっかりバズってしまった誰かのポスト」みたいな感じだろうか。

 そう考えると、140文字という制限の中でがんばって面白いつぶやきをしようとする現代の私たちと、「5・7・5・7・7」という枠組みに沿い、自分の思いを最大限伝えようとしていた彼らのあいだに、大きな違いなどないのではないか――。素直にそう、思うことができた。

 最後までページをめくり終えたとき、ほかほかとした充足感が胸に満ちていた。今さらかもしれないけれど、古典文学をもっと勉強したくもなった。

 そして、ふとこんなことを思った。

 学びを楽しくしてくれるきっかけというのは、こういった「そうそうそう、わかるわかる!」と強く共感し、うなずく瞬間にこそ訪れるのではないか、と。

 教科書の向こうにいる人々の体験や気持ちを、まるで自分のことのように感じ取れたその瞬間、私たちは千年以上の時空を超えて、つながることができる。ファンになれる。私自身、この本に掲載されていた言葉すべてに、「いいね」を押したい気分になった。ああもう、小野小町がもし同じ時代に生きてくれてたら、絶対にサイン会とか行ってたのに! と、歯痒いくらいだ。

 本書の著者・kotoさん自身も、学生時代は国語が苦手だったが、社会人になってしばらくしてから『枕草子』に共感し、それがきっかけで古典文学にのめり込んでいったそうだ。

 「共感できる」というのは、何かを学ぶ上で強い武器になる。

 だから、『いとエモし。』は、私と同じように、古典に苦手意識がある人にこそ読んでほしい作品だ。

 本書ならではのエモい「超訳」を、一般的な現代語訳と比較しながら読むのも面白いだろう。「なるほど、ここをエモい言葉に置き換えたのか」「こう訳すのもありかも!」などと、妄想しながら読み解いていくのも楽しい。

 時代はちがっても、私たちは同じようなことで悩み、苦しみ、そして、その思いをなんとか人にわかってもらおうと、言葉を紡いできた。同じ苦しみをわかち合える同志を探して、発信してきた。まさか、「難しくてよくわからない」と思っていた古典文学に、これほど共感する日が来るなんて。

 大丈夫、千年後を生きる私にもちゃんと届きましたよと、熱いファンレターを書きたくなってくる一冊だ。

■書籍情報
『いとエモし。 超訳 日本の美しい文学』
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発売日:2023年4月7日
ISBNコード:978-4-8014-0118-1
四六判ソフトカバー
228ページ/束20ミリ
定価:1,480円(税込1,628円)
出版社:サンクチュアリ出版

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