立花もも厳選 作者不明の本格探偵もの、読者家がこぞって推す作家……今最も気になる小説家たちの新刊レビュー
『猫の木のある庭』大濱普美子 河出文庫
大濱普美子の小説はいい、とこの1~2年で何人もの信頼できる読者家の方から聞く機会があった。読まねば、と思っていたところに刊行されたのがデビュー作品集である今作である。こちらも短篇集で、幻想的な雰囲気に満ち満ちている。
表題作は、著者にとって初めて活字になった小説だそうで、初めてがこれなのか、と言葉を失ってしまう。書道の先生をしている主人公が、都心から電車で40分ほどの郊外で老夫婦からはなれを借り、拾い猫との暮らしを始める。庭には、老夫婦がネコの木と呼ぶ細い一本の木がある。主人公の猫が妙に気にかけるその木の根元には、その家で暮らした歴代の猫たちが眠っているという。その木が、鳴るような気がするのだ。鈴のような音で、主人公の猫を呼んでいる。だけど主人公は、それを老夫婦に言うことができない。
同作をはじめ、収録されている短編はすべて、現実をベースにしながらもどこか夢との境界線を溶かしていくようなものばかりだ。なかでも、亡くなった夫人から譲り受けた靴に甘い幻想を見せられて、身体をぶくぶく太らせていく女を描いた「フラオ・ローゼンハイムの靴」がとても好きだったが、どの物語も「けっきょくどういうことだったのか」は語られない。時間がぽんと飛んだり、明瞭に描かれないまま主人公に重要な変化が訪れていたり、決して読む人にラクをさせない小説でもある。だが、難解かといえば決してそうではなく、行間からただよう匂いや情景の美しさに、いつのまにか私たちも、境界線の溶けたあわいをゆらゆら漂うことになる。そうだ、読書の楽しみとはこういうものだった、と思い出させてくれる一冊である。
『七月七日』ケン・リュウ、藤井太洋ほか 東京創元社
こちらは日中韓の作家十人の作品で成る、アンソロジー。表題作はケン・リュウのもので、もうじき離れ離れになってしまう愛し合う二人の少女に、七夕伝説を重ねたもの。他の9作家もそれぞれ、伝説や神話などにインスピレーションを得て書かれていて、短編そのものもおもしろいが、どういう着想でそれぞれの物語が生まれたかの解説が全編に付録されているのも、とても興味深い。
「巨人少女」(ナム・ユハ)をはじめ、済州(チェジュ)という島に伝わる神話・伝承をモチーフにした作品が多いのも興味深い。「……やっちまった!」(クァク・ジェシク)のあとがきに、説話が多彩なことで名高い神話の島なのだという解説があるが、物語を越えて、その島そのものにも興味がわく。そして、同じ島に惹かれながらも、どの題材を選び、どんなテイストで紡いでいくかで、物語の個性はこんなにも広がっていくのかということにも。小説を書きたい、と思っている人たちにも、興味深い学びになるんじゃないだろうか(少なくとも私は、なった。倣えるかどうかは別として)。
『猫の木のある庭』もそうだが、幻想的な短篇集というのは、余韻に浸りながら進めるので、どうしても読むのに時間がかかる。よって『七月七日』とあわせて紹介するのも刊行時期からやや遅れてしまったが、時間をかけて味わえたことはなによりの贅沢であった。