『守娘』『スクールバック』『ドラQ』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 7月のおすすめ新刊漫画
『ホテル・ローレルの渡り鳥たち』赤河左岸
豪華なお部屋に贅を尽くしたご馳走、さらに超一流コンシェルジュによる完璧なおもてなし。そんな世にも優雅なホテル・ローレルを舞台に、そこに宿泊する人々の人間模様を描いた『ホテル・ローレルの渡り鳥たち』。
世界観の緻密さが際立つ、繊細かつ美麗なタッチで描かれる本作だが、ページをめくるたびに心がざわつくような不穏な空気が高まっていく。例えば、ホテル・ローレルに一人目のゲストとしてやってきたブラウン。彼の最後の記憶はどこからか落下したような映像であるし、二人目のゲストとなるチルコットは恋人を“待っている”とポツリと意味深な発言をこぼす。おそらくホテル・ローレルとは現世の冥界と境界に位置する場所であり、そこに辿り着いたゲストたちはおそらく亡き者、あるいは生死の狭間を彷徨う者なのだろうと......。幻想的な世界観とは裏腹に、そんな薄暗い推測が心に重くのしかかる。
どうしてここに泊まっているのだろうか? 漠然とした疑問と、何か大切なことを忘れているような.......そんなもどかしさをよそに、ゲストたちは渡り鳥が羽を休めるかのごとく、ホテル・ローレルで休息をとる。自分の状況はおろか、生死も宙ぶらりんの状態で、自分の好きなことに没頭する者、夢を叶えようとする者、過去と向き合う者。ゲストによって、過ごし方は様々だが、現世のしがらみにも何にも囚われず羽を休めることで見えてくる、いや、逆にクリアになる自分の欲望や願い。『ホテル・ローレルの渡り鳥たち』には、そんなある種の人生における“執着”のようなものが浮き彫りになる、奥深い人間ドラマとしての魅力が詰まっている。
果たしてホテル・ローレルとはなんなのだろうか? ゲストによっては天国、地獄、夢.......その認識は多岐に渡る。真相が明らかになるであろう、ゲストたちがチェックアウトする瞬間までしかと見届けたい。
『艮(うしとら)』山岸凉子
『日出処の天子』『舞姫ーテレプシコーラー』などの長編漫画と同時に、ホラー・サスペンス短編の名手としても知られる山岸凉子先生。今月7月21日には、漫画家たちが本当に体験した怖い話を集めた新装版『ゆうれい談』と、単行本初収録となる怪異・恐怖短編を集めた『艮(うしとら)』が発売された。
恐ろしい形相の幽霊や、身の毛もよだつストーリー.......人が恐怖を感じる対象、表現は様々だ。だけど、私が一番怖いと感じるのは、自分の人生にいつか終わりがきて“あの世”側の人間になる日がくるのだと。そういった不確かで、得体の知れない世界をいやにリアルに感じさせるストーリーに恐怖を覚える。そんな私にとっての恐怖ど真ん中を刺激するのが『艮(うしとら)』だった。
表題作『艮(うしとら)』では、出版社に勤める女性が霊能者の取材をしたことをきっかけに家の“鬼門(うしとら)”を巡る怪奇現象に足を踏み入れる様子を描き、実は“あの世”への入り口はすぐ側にあるのかもしれないと、不安という形で私の心をざわつかせる。そして、その後に続く『死神』では、死期に近づいた人間を迎えにくる“何か”の存在。さらに『時計草』は死線をさまよう女性の話.......と、じわじわと“あの世”を実感させる構成に、私の心は異様な緊張感と恐怖に蝕まれていく。
もっといえば、“美しい絵”とはどうしてこうも恐怖を倍増させるのだろうか。山岸凉子先生が描く、涼やかで美麗な絵......。恐怖と美しさは表裏一体というべきか、山岸凉子先生の絵が、『艮(うしとら)』に収録されている一つ一つの作品の世界観やストーリーを洗練させ、より恐怖を助長しているようにも思う。
あぁ、私もいつか“あの世”側の人間になるのだと。『艮(うしとら)』を読んでから私の心から離れない、ぼんやりとした不安と恐怖。だけど、『時計草』に登場するとあるセリフが同時に私の心を震わせる。
そう“あの世”は あなたの成し得た事で存在する そしてその成すべき事(修行)は“この世”でしかできない
そうか、“あの世”を作るのは“この世”の私なのかと、生への希望と歓びを実感させる展開。決して恐怖だけでは終わらない、この世とあの世の神秘性に迫るような作りに、思わず恐怖を飛び越えて感動を覚えた。私と同じように“あの世”というモノに恐怖を抱いている人にぜひおすすめしたい一作だ。