宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』宣伝しない理由が明らかに 鈴木敏夫の交友録『歳月』が示すキーマンの存在

 『君たちはどう生きるか』に実はつながっていた出会いに関する記述もある。ひとりがあいみょん。ヒミという少女を演じたシンガーソングライターとの出会いは、彼女が大のジブリ好きで、「ジブリ汗まみれ」というラジオ番組に出たいといったことから始まった。そこからあいみょんの歌を聴き歌詞に惚れ、『アーヤと魔女』のキャッチコピーに使うといった具合に進行を深めた結果が、もしかしたら起用につながったのかもしれない。

 映画で主題歌を歌った米津玄師との出会いについても触れられている。ある本に関連して米津玄師につぶやいて欲しいから、手紙を書いてもらいたいと編集者に頼まれ書いたらしいが、その時は誰か知らずお寺の住職だと思ったという。やがて調べて何者か分かり、「ジブリ汗まみれ」のヘビーリスナーと聞いてゲストに呼び、交流を深めてコンサートにも行った。関心を向けてくれる人たちに応え、取り込んでいく鈴木プロデューサーの前向きさが、『君たちはどう生きるか』という作品でも発揮されたと言えそうだ。

 『君たちはどう生きるか』に直接関わる記述は「あとがき」にある。どうしてポスタービジュアル1枚だけで、一切の宣伝をしなかったのか。それは「これまで繰り広げてきた大宣伝をやめると、一体、何が起きるのか?」を試してみたかったかららしい。

 上映館数と上映回数に普通の宣伝活動を加えれば、だいたいの興行成績が見えてしまう状況にそのまま乗らない。「作った映画さえ面白ければ、大ヒットが見込める。面白くなければ、お客さんは来てくれない。頼るのは、お客さんの口コミだけになる」。その口コミにかけ、映画の面白さにかけた。

 結果はそのまま『君たちはどう生きるか』という作品のむき身の評価となり、宮崎駿監督の現時点での評価となる。もっとも、傑作か駄作かを確かめに皆が足を運んだことで、早くもヒットの予感が高まっている。『歳月』につづられてきた大勢の人との邂逅が、スタジオジブリにもたらした財産が、口コミより先に映画への関心を持ち上げた。

 『歳月』という本はそうした、スタジオジブリだけができる宣伝しない宣伝というものの一部分を感じ取ることができる本であり、『君たちはどう生きるか』を形作っている歴史や人々の思いに触れられる本なのだ。

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