【漫画】究極の「タイパ」が実現した世界で、ゆっくり絵を描く意味は? 創作漫画『君のカイロス』に見る“効率化の外にあるもの”
「主観的な時間を表した概念“カイロス”って面白い」
――今回『君のカイロス』制作の経緯を教えてください。
日之下:読み切り漫画をあまり描いた経験が無なかったので、「練習に何か描こう」とネタを考えていた時に思い付きました。YouTubeにアップされている大学の講義を見ていた時、「主観的な時間を表した概念“カイロス”って面白い」と思ったんですよね。加えて、「人間の脳はマルチタスク苦手」というネット記事も印象に残っていたので、それらをストーリーに組み込んだ結果、SFになっていました。
――本作では「コンテンツを大量かつ速やかに消費すること」が一般化しています。現実にも倍速視聴をはじめ、コンテンツを効率的に消費しようという傾向がありますが、その点も意識しての作話でしょうか。
日之下:特に倍速視聴などに対する批判的な意図はありません。本作は「コンテンツの大量消費=正しい」という価値観というより、「コンテンツの大量消費=当たり前化している」というイメージの世界観で、「今後はこんな感じになるだろうな」という予想から、こういった設定になっています。
――未来という設定ですが、登場人物のビジュアルや性格はどのように作り上げましたか?
日之下:人間が宇宙に出た場合、姿形も精神面も加速度的に変わると思いますので、それはそれで面白いネタになりそうだとは考えました。ですが、今回はテーマを現代の雰囲気に引き付けて描いたので、「奇をてらう必要がないかな」と思って制作しました。
「創作物をゆっくり理解してほしい」
――複雑な設定に思えましたが、「未来のお話」「マルチタスクが当たり前」など、1ページ目で本作の世界観が簡潔かつわかりやすく説明されていましたね。
日之下:「効率悪っ」「時間がいくらあっても足んないよ」というセリフは、ストーリーの根幹にかかわると思ったため、1ページ目に入れたのですが、それが良かったのかもしれません。私自身「難しいものを難しいままで描いてしまえ」と思ってしまうため、簡潔と感じてもらえたなら嬉しいです。間口は低く広くしたほうが良いので、あまり正しい考え方ではないので反省はしています。
――「コンテンツを大量かつ速やかに消費する」ということについて、日之下さん自身はどう捉えていますか。
日之下:個々人の状況や理由によっては利便性を活用することを毛嫌いするべきではないでしょう。ただ、“理解する”には知識だけでなく経験が必要な場合もあります。処理の利便性と合理性を追求した時、そうした経験のための時間が失われていることが多いです。「自分が何を経験していないのか」ということには自覚的でないといけないと思います。
――クリエイターとして“合理的に処理される”ことはしんどくないですか?
日之下:もちろん、作り手としては「創作物をゆっくり理解してほしい」というエゴはあります。ですが、それを捨てて、受け手の今の状況に合わせ、そのうえで「自分が何を作りたいのか」について模索するしかないように思います。どうもその辺りが下手なので今後の課題です。
――最後に今後の活動予定などを教えてください。
日之下:しばらくは個人活動で創作漫画を製作していく予定です。また、商業漫画も引き続き各社の編者さんと協力して頑張っていきます。また、6月8日に商業作品『河畔の街のセリーヌ』(マッグガーデン)の第三巻(最終巻)が発売されるので、気になった人はぜひ読んでもらえると嬉しいです。『君のカイロス』を気に入ってくれた人には響く内容ではないかと思います。
作品公式サイト:https://magcomi.com/episode/3269754496670883221
Amazon:https://www.amazon.co.jp/gp/product/4800013402?ie=UTF8&tag=maggarden-22