古谷実『シガテラ』は2023年も傑作たりえるのか? 凡庸な主人公の葛藤を描く意義
「青春期に古谷実の漫画に大きな影響を受けた世代が、制作者側となって次々と映像化する流れになっていると思うのですが、時代風俗が描かれた作品だからこそ、そのまま再現しようとすると違和感が出てしまうと思います。園子温監督が実写映画化した『ヒミズ』は、作品の中に東日本大震災を盛り込んだことで原作とはまた違う物語となりましたが、そのアプローチは古谷実作品を映像化する上で正しいのかもしれません。また、『シガテラ』はリアリティのある作風ではあるものの、その会話には独特の乾いたトーンがあるため、役者が情感豊かに演じるとかえって不自然になってしまう恐れもあります。ガラケーの時代ならではの性表現なども、現代的にどう描くかが問われるポイントとなりそうです」
荻野たちが抱くコンプレックスが、「自分らしさ」が尊重される時代にあって視聴者にどう映るのかも、注目したいポイントだという。
「お笑い芸人のオードリー・若林正恭さんはエッセイ集『ナナメの夕暮れ』の中で、自意識過剰で劣等感が強いから自分を守るために世の中に対して斜に構えて、自分自身も否定してしまう内面について深く分析し、ナナメに世の中を見てしまう自分を克服していく過程を書いていました。読んでいて、若林さんは古谷実の漫画の主人公みたいだと思ったのですが『シガテラ』の荻野はまさにそうした“ナナメ”の精神性を内面化している人物だと思います。いつも自分を俯瞰していて、しかも自己肯定感が低いから、何をするにせよ自信がない。僕は若林さんの二歳上の1976年生まれですが、世の中をナナメに見ることで自己肯定感の低い、自分の内面を守ろうとする感覚は同世代としてよくわかります。だからこそ、古谷実は特別な作家だったのですが、今の若い世代にどう映るのかはわかりません。『シガテラ』で描かれた葛藤が普遍性のあるものなのか否かも、いまドラマ化することで見えてくるのかもしれません」