打率よりOPS? 勝ち星よりFIP? 進化する野球のデータ分析の面白さ(投球編)

■投球の質―その投手のボールは物理的にどれほど優れているのか?

 さだやす圭の漫画『フォーシーム』『フォーシームNEXT』の主人公、逢坂猛史はMLBで

クローザーとして活躍するが、逢坂の速球は最速でも150km/h前半で、全体の平均球速が150kmのMLBにおいて球速は並レベルに過ぎない。が、逢坂は劇中、その平均レベルの速さの速球で並みいるMLBの強打者を抑えている。

 球速=球質とは限らない。

 劇中では逢坂の速球が通用している理由として「初速と終速の差が小さい」と説明されている。

 以前から初速と終速の差が小さい速球は質が高いという説はあったが、『セイバーメトリクスの落とし穴』によるとこれは明確に誤りであり、奪空振り率の高い速球はむしろ初速と終速の差が大きいとのことだ。

 Rapsodoを初めとするトラッキングシステムの導入により、今まで解らなかった「ボールそのものの質」が数値化されるようになった。

 投球において重要なものは幾つかあるが、まずは回転数だ。

 基本的に回転数は球速に比例するが、同じ球速でも回転数の多いボールと少ないボールがある。

 「伸びのあるストレート」という表現があるが、同じ球速でも回転数の多いボールの方がマグヌス効果(回転しながら進む物体にその進行方向に対して揚力が働く現象)が上方向に働き、打者からは伸びてホップしてくるように見える。

 侍ジャパンにも選出されている今永昇太が今月16日の日本×イタリア戦で投じた一球は2625rpm(1分あたりの回転数)を計測したが、 この数値は2022年シーズンMLBの最高記録(タナー・スコットが記録)を軽く上回る。

 今永の最高球速は154/kmだが、最速165km/hを誇る大谷翔平の速球は平均回転数2233rpmだ。今永の数値の凄さがよくわかる。実際に彼の速球の奪空振り率は高い。

 MLBでもクローザーとして活躍した上原浩治氏は速球の球速が140km/hそこそこしか出なかったが、速球の奪空振り率は高かった。上原氏の速球も球速に対して回転数が多かったことが分かっている。

 回転数は変化球の曲がりにも影響する。特にカーブ、スライダーなどの曲がる系の変化球は回転数が多いと凄まじい変化をする。7色の変化球を操るダルビッシュ有のカーブ、スライダーはMLBの平均を大きく上回る回転数を誇るが、画面で見ても分かるほど鋭く変化する。

 ところで、この回転数とボールの軌道に関する理屈について、今では多くの情報が簡単に

手に入るようになったが、1995年に連載が開始された野球マンガ『DH』(原作・森谷耕三 作画・ほんまりう)で既に言及されている。『DH』は深視力、周辺視野と打撃の関連性、データ分析、スポーツ医学などにも言及しており、感覚値20年は時代を先取りしている。筆者は野球殿堂博物館の図書館で見つけて読んだが、最終巻が欠落していた。絶版なので入手困難なのが残念だ。

 投球の要素として回転軸の傾きも重要だ。

 速球と言えばNPB最強のリリーバーとして活躍した藤川球児氏のことを思い浮かべる方も多いだろう。藤川氏の速球は2700rpmと回転数が非常に多く、さらに回転軸の傾きが小さかった。ボールの地軸が地面に対して水平に近いほど重力に逆らってくるため、よりホップしてくるように見えるというわけだ。藤川氏の速球は最速156km/hと図抜けて速かったわけではないが、面白いように打者が空振りしていた。

 なお、詳解は避けるが回転軸と回転速度の関連で割り出す回転効率という要素もある。MLBを代表するクローザー、ジョシュ・ヘイダーの速球は非常に高い奪空振り率を誇るが、回転数は平均を下回る。その代わり回転効率は非常に高い。

 また「ストレートがシュート回転」というのは良く聞く表現だが、データによるとストレートはシュート回転するのが普通だということがわかっている。シュート回転して見えるかどうかは程度の問題なのだろう。

 ところで、リリーバーでも武器になる球種を最低2つは持っているのが普通だが、ごく稀に一球種で成功する異色の存在が現れる。

 前人未到の通算652セーブを達成し満票で殿堂入りを果たしたマリアノ・リベラはカットボールほぼ一球種しか投げない異色の存在だった。

 分析の結果。リベラのカットボールは左投手のストレートと同じ動きをしていたことがわかっている。これは冷静に考えると凄い。右投手のリベラが左投手の投げるストレートの動きをするボールを投げるのだ。そんなあり得ない動きをするボールを投げられたら打てるはずもない。人間の脳の処理能力の限界を越えている。

 今ではスライダーやシンカーなど他の球種もよく投げるようになったが、ケンリー・ジャンセンも一時期、投球の大半がカットボールだった。ジャンセンのカットボールもリベラのように左投手の投げるフォーシームの動きをしていたことが分かっている。

 WBCでは様々なリーグでプレーする選手が登場した。効果的にフィジカルを鍛え、正しいメカニクスで投げるノウハウが広がったのかマイナーリーグやメキシカンリーグ、KBO(韓国プロ野球)の選手でも150km/h程度の速球を投げる選手はかなりいた。

 しかし同じ150km/hでも本物のMLB選手の150km/hはコンタクトすら簡単に許さず、マイナー級の150km/hは簡単に弾き返されていた。これが「質」の差なのだろう。

打率よりOPS? 勝ち星よりFIP? 進化著しい「データ分析」からみる野球の面白さ(打撃編)

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