『再生のウズメ』『宇宙の音楽』『嘘の子供』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 3月のおすすめ新刊漫画
今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?
『再生のウズメ』天堂きりん
チートや綺麗事一切なし、愚直な人生再生譚を描く『再生のウズメ』。主人公は、引きこもり歴12年にして現在40歳の田村ウズメ。元子役の彼女は、とある出来事をきっかけにひたすら部屋にこもってしまう。そんなある日、ウズメの汚部屋を片付けるべく彼女のもとを訪れた便利屋・興梠との出会いをきかっけに、便利屋の代行スタッフとして働き始めることに。
代行スタッフの業務内容は、依頼者の浮気相手を演じたり、取引先や顧客へ全力で謝罪を行うなど、一言でいうなら代行の何でも屋さん。気になる依頼人やその相手は、新たな一歩を踏み出すために過去と決別する人、自分の鬱屈とした思いを第三者に当たり散らすことで昇華しようとするクレーマーなど多岐にわたる。自分とは違う、けれどそれぞれの依頼人の根っこの部分に“自分”と同じものを感じるウズメ。彼女は依頼人と向き合うのと同時に、自分自身を見つめ直していくことになる。
自分と向き合うから蘇る、自身の嫌いな部分や過去のトラウマ。それを咀嚼した先に見えてくる、自分の新たな生き方。本作は、ウズメが引きこもりになってしまった経緯など、彼女の心の傷みに丁寧に寄り添いながらも、都合の良い王子様の登場や奇跡的な展開に頼るのではなく、自分で乗り越えていく力を促すような........そんな真っ直ぐな勇気をくれる内容となっている。今後もウズメの“再生”から目が離せない。
『宇宙の音楽』山本誠志
素晴らしい音楽漫画には「音が聞こえてくる」なんてキャッチコピーがつけられるが、『宇宙の音楽』に関しては「ブレス(息を吸う音)が聞こえてくる」という表現がぴったりだと思う。
主人公は、プロのトランペット奏者を父に持ち、吹奏楽をこよなく愛する少年・宇宙零。けれど、残酷にも持病によって奏者の道を諦めざるを得なくなってしまう。そんな彼は音楽と決別し、あえて吹奏楽部のない高校に進学するが、創部したての吹奏楽部、そしてトランペット奏者・星野水音と出会ってしまう。そして、水音に“吹奏楽好き”を見抜かれてしまった零は奏者ではなく、指揮者として再び吹奏楽の世界に身を投じていくことになる。
奏者ではなく指揮者として活動するという設定の斬新さもさることながら、なんと言っても注目したいのは“ブレス”の表現力だ。どのように息を吸うのかによって出す音が変わる、というほど奏者において重要なブレス。一方で、指揮者にとってもブレスは思い描く音楽のイメージを奏者に伝えるための手段であるため、ブレスのタイミングで演奏はもう始まっている.......と言っても過言ではない。そんな吹奏楽の核たる部分を、繊細な筆致と巧みな擬音表現によってどこまでも誠実に描いた本作は、経験者ならきっと演奏時の臨場感が蘇って胸を打たれるはず。
『嘘の子供』川村拓
開始4ページにして思わずじんわり.......しまいには耐えきれず涙がこぼれてしまった『嘘の子供』。
偶然亡き少女に化けてしまったタヌキ。そして、偽物だとわかっていても“嘘の子供“を受け入れる家族......この両者が織りなすヒューマンドラマとなっている本作。ちなみに、タヌキにはかつて人間によってひどい目に遭わされたという過去があり、いつか人間を泣かせてやる!と復讐心を胸に人に化ける。けれど、この化けてしまった人間というのが、偶然にも亡くなったばかりの少女であった。開始4ページで、まさにこのタヌキと少女の母親が対峙するシーンが描かれているのだが、夢や幽霊、偽物でも良いからもう一度娘に会いたい.......そんな残された遺族の悲しみ、深い愛が滲み出るシーンは涙なしに読めない。
その後、タヌキと人間の世にも奇妙な同居生活が始まり、やわらかで可愛らしい絵柄も相まって全体的にほのぼのとした空気感が漂う。けれど、化ける側はもちろん、それを受け入れる側にもつきまとう嘘。それは、温かくて、優しくて、そしてたまらなく哀しい。2度と会えない大切な人.......もし偽物だと分かっていても自分の前に現れたら。あなたならどうしますか?