WBC 日本野球はなぜ強い? 「肉体的優劣の少なさ」と「科学と論理の進化と普及」
科学と論理で進化した日本野球
野球の持つ特性が日本の選手に合っていたのは大きな理由だが、それだけでは、日本野球のここまでの隆盛はないだろう。
注目すべきは、科学性、論理性の進化だと感じる。
かつて、国内スポーツの多くは経験則と精神論が支配する場面が多かった。先輩がやってきたことをお前らもやれ、というイメージだ。もちろん、オリンピックアスリートなどは、合理的にトレーニングし、記録を向上させることはやっていたし、野球のような集団競技でも、それを取り入れる人はいた。
たとえば、アメリカの元選手で指導者のダニー・リトワイラーによる、『ダニーのベースボール・ドリル294集』(平野裕一翻訳)のような書籍も1980年代前半には翻訳出版されている。ちなみにこのダニーさんは、野球で用いるスピードガンの開発にもかかわった人だ。そういうものを参考に野球をより近代的にしようという考えもあった。
でも、大部分はそうでなかった。進化よりも伝統や保守性が表に出た。
しかし、そこに変化が来る。Jリーグが創設され、サッカー界が世界をめざしたことだ。なんとかして進化しようと、海外の理論なども導入するようになる。
特にトレーニングの分野において、それは顕著だっただろう。技術を身につけるには身体的(フィジカル)部分の強化が必要という考え方も広まった。身心の成長段階を論理的に説明し、ゴールデンエイジ、という子ども時代の重要性も説かれるようになる。
野球界でも野茂英雄のメジャー移籍と活躍があった。同時にアメリカの理論が国内に導入され、肩の位置を安定させるためには、インナーマッスルのトレーニングも必要という理解などが進む。
そういう学問を競技に取り入れる選手も増え、現在のダルビッシュ有はその頂点にあるだろう。
「1990年代以降、オフに休む選手はいなくなった。みんなトレーニングをする。だから、キャンプ序盤からビュンビュン投げるし、振れるんだよ」
今世紀になってから、あるプロ野球指導者がそう話してくれたのをよくおぼえている。
そういうトレーニング理論が発展していく中、動作解析の理論も進み、身体の使い方を合理的に説明できるようにもなってくる。
映像機器の技術的発展と普及で、目に見える形でこれを選手自身が理解できるようにもなった。ピッチャーの腕の角度やバッターの始動のタイミングなど、ポイントが可視化され、それが練習に活用される。
大谷翔平や佐々木朗希といった逸材は、そういう環境の中を成長し、本人らの自覚と鍛錬によって、今の場所に立っていることになる。
野球を支える人が多かった日本
これらの要素に加え、日本は野球が盛んだったという事実も大いに関係しているだろう。昭和から続く国民的アニメでは、主人公たちが学校から帰ると、ランドセルを放り出して野球をしに飛び出す描写が今でもある。
ある時期まで、あれが普通だったのだ。
だから、小さなころに野球をする子どもが多かった。子どもも多かったので、その数は膨大で淘汰を繰り返してプロに進む選手は、資質に恵まれた人が多くいた。
そこに総人口の問題も加わる。同じようにアジアで野球が盛んな韓国は、現在の人口が5160万人ほど。同じく、台湾は2300万人だ。これに対し、日本は1億2570万人いる。 野球のプレーヤーも多ければ、観客も多い。支える人も多い。
実際、国内の野球関連の書籍などが、そのまま韓国や台湾で翻訳出版されることも多いのだ。韓国や台湾の人口の分母では、野球で一から商品をつくるということが困難であるのかもしれない。
日本の野球界に科学的視点が普及したことにも、この人口の違いは関係しているはずで、野球に携わる人の多さが、日本野球の強さを支えてきたことは否めないだろう。
野球界自体が健全であることも発展の大切な要素だと考えている。
悲しいことに、台湾では20世紀末からプロ野球の賭博事件があり、韓国でも八百長事件があった。両球界にとって、これは大きな痛手となっていて、そこから抜け出す途上にあるというのが現状のようだ。
そして、日本の野球にも危機は何度もあった。健全性を疑うような事件もある。そんなことが続けば、ファンが離れ、日本球界の発展もなかっただろう。
でも、日本には野球を支える人も多かった。前を向き、よい未来をつくろうという人々がたくさんいた。そのおかげで今がある。
残念ながら、野球が発展してきた中、日本社会の少子化は止まることなく続き、野球人口も減っている。それでも、日本野球にこの未来があったのは、野球を愛する人が多くいた過去を持ち、進取の精神と勇気で新世界を切り拓いた人々がいてくれたからだ。
だから、せめて進化を続けるべきなのだろう。今どき、坊主頭を強制していたら、人なんか集まらないだろうし、ルールももう少しわかりやすくしたい。そういえば、ラーズ・ヌートバーは、高校生まで野球とアメフトの両方をやっていたそうだ。野球と二足のわらじで、別の競技をしていいのかもしれない。
カツオやのび太が空き地で野球をする世界線は続かなかったけど、いろんな視点と知恵で、野球が発展してくれればと思う。
「イチローと松井秀喜が同じチームにいる日本代表、見たいなあ」
かつて、取材相手の野球関係者が、そんなことを言っていたのを思い出す。問答無用にうなずいた記憶がある。
今、それ以上のチームを目にしている。
もっと見たいと思う。また、こんなチームができてほしいと願ってしまう。
野球好きだから、こればかりは、どうにもならない。