元・国会図書館員が語る、“調べる技術”の磨き方 「人類が現在持っている知識は、かなりの部分が資料になっている」

 とあるハウツー本が、編集者や研究者の間で大いに売れている。小林昌樹氏が著した『調べる技術:国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』(皓星社)だ。本書は、国会図書館のレファレンスサービスに15年ほど従事し、刊行物から非刊行物まで世の中に存在する日本のあらゆる書籍を扱ってきた小林氏が、来館者に向けて多様なアドバイスをしてきた経験が詰まった一冊だ。調査の質を向上させたい人にとっては必読の書といえる。

 1967年東京生まれの小林氏は、慶應義塾大学でレファレンスサービス論を講じる傍ら、近代出版研究所を設立して自ら所長を務め、2022年には同研究所から年刊研究誌『近代出版研究』を創刊するなど、精力的な研究活動を展開中だ。

 前述の『調べる技術』はすでに6刷が決まるほど売れ行きが好調だが、これほど反響を呼ぶとは筆者自身のみならず、版元である皓星社も想像していなかったという。調べ物についてのマスターピースとなり得る本書は、どんな発想のもとに生み出されたのか。著者の小林氏に、そのバックボーンを含めて話を聞いた。(小池直也)

答えのなさそうな質問でも、実はあるところにはある


――小林さんが国会図書館に勤めた経緯を教えてください。

小林昌樹(以下、小林):慶応大学文学部で最初は西洋史を学んで大学院へ行こうかと考えていたのですが、当時はバブル末期だったにも関わらず、大学院出は就職率が低かったんです。ところがある日、西洋史の助手が図書館学科の方を見ながら「あいつらはいいよな、大学院出ても必ず就職できるから」と呟いているのを聞いて、そういう道もあるのかと図書館・情報学科に2年間学士入学したんです。そして、図書館・情報学専攻を卒業し、国会図書館に勤めるようになりました。

――国会図書館での勤務内容はどんなものでしたか。

小林:今はありませんが、新人は雑誌か図書の出納員を数年ほど務めて、その後、それぞれ専門コースへ別れていく人事慣行がありました。私は図書の出納を数年やって、それから本を読んで分類やキーワードを付けるという分類件名係をやりました。図書館員というと読書ができるイメージがあると思いますが、実際には業務が忙しくて読書をする暇などない。そんな中で、おそらく分類係は仕事として読書ができる唯一の部署だったと思います。ただ、それは自分の読みたい本ではなく、苦手だったり、知らない分野の読書がほとんどになります。というのも、得意な分野は読まなくても目次くらいで大体の分類記号がわかりますが、逆の場合はそれなりに読まないといけない。

 分類係には市販図書だけでなく、行政とか医学の本も大量に舞い込みます。たとえば手術の工程を描いた本だったら、どの臓器についての本なのかなどもチェックしないといけない。だから自分の知らない分野や理解していないジャンルの本こそ、長めに読んで内容を確認する必要があるんです。分類件名係は6年間やりました。

――それからレファレンス係に着任したのですか?

小林:途中いろいろありましたがそうなります。29年の勤務における後半の15年をレファレンス司書として過ごしました。レファレンス司書は来館者から幅広いジャンルの質問を受けますが、どんなに変わった内容の質問にも答えなければいけません。そこで大事なのは「当たりを付ける」ということ。一聴すると、答えのなさそうな質問でも、実はあるところにはある。

 そもそも人類が現在持っている知識は、かなりの部分が資料になっています。私が「どのジャンルに答えがあるのか」という勘が働くようになったのは、分類件名係で6年間、好き嫌いをせずにあらゆる本を見たからです。その経験が『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』に結実したと言えます。

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