『AKIRA』『トトロ』『サマーウォーズ』……国際的アニメ評論家チャールズ・ソロモンに聞く、日本のアニメの特性とこれから

日本のアニメーションはいま、アメリカでどういう風に見られているか

――ここからは少し、細田作品から離れた質問をさせてください。先ほど『AKIRA』と『となりのトトロ』の名を挙げられましたが、その2作以前にも、日本のアニメーションは、(主にテレビシリーズだと思いますが)海外にそれなりの数が輸出されていましたよね。でも、そのいずれもが特に「日本のアニメ」としては世界的に認識されてはいなかったように思います。そうした流れが一気に変わってきたのは、『AKIRA』、あるいは、その少し後の『GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊』(押井守監督)あたりからだったように記憶していますが、日本のアニメーションが海外、とりわけアメリカで受けるようになった要因は何かあったのでしょうか。

ソロモン テレビ放送用の昔の日本のアニメーションは、海外に輸出される際、たいていリパッケージ(編集)されていたんですよ。それもわずかな修正ではなく、キャラクターの設定やストーリーそのものが、海外の視聴者が好むように大幅に改変されていました。良いか悪いかは別にして、少なくともそれでは「日本らしさ」は消されてしまいますよね。

 ところが、『AKIRA』や『GHOST IN THE SHELL』、『となりのトトロ』などはオリジナルの状態で公開されたものですから、ようやく、アメリカ人にも日本のアニメーションの面白さが伝わったということではないでしょうか。私自身そうでしたが、それまで観てきたアニメーションとは全く違う映像体験なわけですから、当然、どういう人たちが作ったんだろうという興味も湧きますよね。その結果、監督たちにも注目が集まっていったのだと思います。

――ソロモンさんのような専門家以外も、アメリカの方々、特に若い人たちは自然な感覚で日本のアニメを観ていますか?

ソロモン ええ。先ほどいったことの繰り返しになりますが、日本のアニメーションがいまアメリカで受けているのは、さまざまなテーマ、さまざまな手法で描かれているからだと思います。SF的なアクション作品から、恋愛物、歴史物、日常の何気ない生活を切り取った物語まで多種多様ですよね。若い人たちは常に新しいものを求めていますから、そういうアメリカのアニメーションにはない、多様性に惹かれているんじゃないかと思います。

 いま、若い人たちの間では日本のアニメや漫画にハマるのがクールなことだと考えられています。一昔前のアメリカ人が日本語を学んだのはおおむねビジネスのためでしたが、いまは日本の漫画を原語で読みたいとかアニメを観たいというのが大きな動機になっています。好きな音楽やファッションなどと同じ感覚で、日本のアニメを受け入れているんですね。

虚構と現実が入り交じる独特な世界

――先ほど、細田監督の他にも本に書きたい監督はいるとおっしゃられましたが、具体的にはどの方に注目していますか?

ソロモン 私にとって神である宮﨑駿監督は別にして(笑)、ひとり挙げるとなるとやはり今敏監督でしょうか。今監督には2度ほどお会いしたことがあるのですが、ものすごく才能のある方で、若くして亡くなられたのが本当に悔やまれます。

 彼が最も優れていたのは、ファンタジーの世界と現実の世界を優雅に行き来する独自の映像世界を構築したことではないでしょうか。これは、細田監督の仮想世界と現実世界の描き方とはまた違う形の面白さがあると思います。『千年女優』にしても、『パプリカ』にしても、本当に素晴らしい。おそらく作業の裏では血の滲むような努力をしていたはずですが、それを見せないようにしているところに、今敏という監督の凄みがあると思います。ふと、彼がまだ存命で、新しい映画を撮っていたらどんな作品ができていただろうか、と思うことがありますよ。

――今監督や細田監督の作品は別格だとしても、それ以外の日本のアニメーションでも、仮想現実(虚構)と現実世界が入り交じって行くような物語が少なくないです。それはなぜだと思いますか。

ソロモン 実際、我々も映画の世界と現実の世界、そのふたつを行き来しながら人生を送っていますよね。また、私自身あまりSNSは使わないのですが、先進国の人々の多くはその種のバーチャルな世界に慣れています。そうしたいまを生きる人々のリアルな感覚を、日本のクリエイターは作品に取り入れるのが巧いのだと思います。

 たとえば、『竜とそばかすの姫』のヒロイン・鈴は、アバター(ベル)として、実社会ではできないようなことを仮想空間で実現する。その一方で、ふだんの彼女は厳しい現実と直面している。そういうキャラクターの二面性をアニメーションで描こうというのは、いまのところ他の国ではあまり見られないものなんです。細田守、今敏、新海誠……。いずれも素晴らしいのは、引きこもりや孤独、低賃金の問題、理不尽な暴力、そして、震災によるトラウマなどを描きながらも、そうした辛いことから目を逸らさずに、現実と向き合おうとする主人公の成長を描いているところではないでしょうか。そして、そのために、つまり、彼ら彼女らが前を向くための装置として、仮想空間やファンタジー世界がうまく取り入れられている気がします。

――現在、Netflixをはじめとした新しい映像配信サービスの登場、あるいは、中国資本のアニメ作品のヒットなど、アニメの世界ではこれまでとは違う流れができつつありますよね。ソロモンさんは、これから先の日本のアニメーションはどうなっていくとお考えですか。

ソロモン 常々アニメーションには、文化の壁や国境を越える力があると思っています。その力を私はこれからも信じたい。これは、ユニセフで世界中の子供たちを助ける活動を手伝いながら、私自身、肌で感じていることでもあります。

 また、ビジネス的な面でいえば、今後、日本のアニメ作品はいま以上に欧米で販売されていくことになると思いますが、そのことにより、国内だけでペイしていた時代よりも遥かに“大きな作品”が作られることでしょう。当たり前の話ですが、より多くのマーケットに売れれば、より多くの人々に伝わっていく。それゆえに、これから先の日本のアニメーションは、世界的な視野を持った作品が多くなるかもしれませんね。

 ただ、それは別に海外を舞台にした物語にすべきだというような単純なことではなく、仮に日本人の日々の暮らしを描いた日本の物語だったとしても、これまでと同じようにキャラクターの心情を丁寧に描きさえすれば、どんな国の人にも通じるものだと思います。

本書を読んで、細田守監督作品の新たな魅力を見つけてほしい

——それでは最後に、「リアルサウンド ブック」の読者の方々に、改めて『細田守の芸術世界』の見どころを教えてください。

ソロモン 本書はあくまでも細田監督作品を紐解くことがメインの本ではあるのですが、あえてテキストだけの堅い本にはせず、ストーリーボードや背景画、映画のカットなどをふんだんに挿入することで、ヴィジュアル的にも楽しめる本にしました。

 本書に興味を持っていただけるのは、おそらくはすでに細田監督の作品を何作かご覧になったことのある方だと思いますが、そんな方々がまた作品を見返したくなったり、新たな発見をしていただければ嬉しい限りです。逆にまだ細田作品を1作も観ていないという方は、本書に書かれている制作のプロセスなどを事前に頭に入れてからご覧になれば、より楽しめるかもしれませんね。

 いずれにしても、私の本を通じて、細田守という優れた映画監督の魅力をひとりでも多くの方が知ってくださったなら、著者としてこれほど幸せなことはありません。
                (2022年12月7日、リモートにて収録)

チャールズ・ソロモン
国際的に著名なアニメーション歴史家・評論家であり、アニメーション史についてUCLAとチャップマン大学で教鞭をとる。著書には第93回アカデミー賞にノミネートされたカートゥーン・サルーン最新作『ウルフウォーカー』のアートブック『The Art of Wolfwalkers』ほか、『THE ART OF トイ・ストーリー3』(徳間書店)、『The Art of アナと雪の女王』(ボーンデジタル)、『The Art of シンデレラ ~A Wish Your Heart Makes~』(角川書店)、『ディズニープリンセス』(静山社)などがあり、『ニューヨーク・タイムズ』、『ニューズウィーク日本版』、『ロサンゼルス・タイムズ』、『バラエティ』、『ナショナル・パブリック・ラジオ』に寄稿している。

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