小松左京の未完の大作『虚無回廊』をプログレに? 異色のバンド・金属恵比須が語る、ロック×文芸の可能性

『虚無回廊』は未完なのが面白い

――2019年には『日本沈没』をはじめ『エスパイ』、『さよならジュピター』など小松左京の映像化作品の音楽をオーケストラが演奏する『小松左京音楽祭』が開催され、そのバンドのパートを金属恵比須メンバーが担当しました。CD化もされたそのコンサートが、『虚無回廊』の音楽化につながったわけですか。

高木:そうです。『武田家滅亡』の制作ではNHK大河ドラマの音楽を意識して、歴代テーマ曲を研究しました。当時、大河ドラマを5作手がけた冨田勲先生のコンサートへ行ったら金属恵比須のファンの方がいらっしゃいました。そうしたらその方がコンサートの主催者を紹介してくれたのです。それが後に小松左京音楽祭を手がけるスリーシェルズで、演奏に参加することになりました。オーケストラとの共演は、プログレ・バンドの憧れですから大興奮でしたね。

 その縁で小松左京音楽祭実行委員会のメンバーだった乙部順子さん(小松左京の元マネージャー)、樋口真嗣さん(『日本沈没』二度目の映画化で監督)と知り合いました。そんななか、乙部さんから「『虚無回廊』をロックで聴きたいな」とかいわれて、コンセプトに迷っていた時期だったので、これだ! と思いました。テーマやコンセプトを決めないと曲が作れない性格なのでオファーは嬉しかったですね。

――もともと小松左京にはどんな印象を持っていましたか。

高木:幼稚園の時に『日本沈没』の映画を見てトラウマ。浪人の時にまたトライして再びトラウマ。原作者はどれだけ根暗なのかと思ったんですけど、2019年に世田谷文学館の「小松左京展 D計画」に行ったら、実は剽軽な人だったとわかった。映画や万博のプロデューサー、アイデアマンとして尊敬しています。あと、小松左京と俳優の故・高島忠夫さんはバンドを組んでいたそうですし、小松作品の音楽を演奏する僕が、忠夫さんの息子・スターレス髙嶋さんと今こうして交流していることには因縁を感じます。

――『虚無回廊』は、宇宙に出現した超巨大な円筒形物体に人工知能(AI)ならぬ人工実存(AE)が送りこまれ、知的生命体と遭遇するSF巨編ですが、作者の死で未完のまま。

高木:未完だから起承転結の起承までしかないことにがっかりしたんですけど、がっかりしたからこそ、自分はこの作品に期待を持っていたんだなと感じました。

――スケールの大きな作品ですけど、一般に知られた小松左京の代表作ではない。

高木:『日本沈没』、『首都消失』、『復活の日』とかは映画になっていますから。映画があれば音楽もあるわけで、『日本沈没』なら最初の映画の佐藤勝先生が作った曲を思い浮かべてしまいます。だから、もし『日本沈没』の音楽が聴きたいなといわれても『日本沈没』を作ったかは疑問。『武田家滅亡』もそうでしたけど、架空のサウンドトラックならいくらでも作れるし、映画化されていないものをやる方が面白い。『虚無回廊』というタイトルも圧のあるパワーワードだから面白いだろう、カッコいいだろうと、まずそこが入口になりました。

――アルバムのジャケットデザインは、『さよならジュピター』。

高木:小松左京作品を貪欲に取り込みました(笑)。小松左京総指揮で作られたこの映画の未発表写真を使わせていただきました。

 実は高校の時、自作映画を庵野秀明監督に見せたことがあるんですよ。当時、杉並区のボランティアをやっていて毎日新聞の方と知りあい、「毎日中学生新聞」の連載「庵野監督聞いてよ!」で庵野監督とお会いしてその縁で自作映画を見てもらいました。僕が原作と監督で、クラスの21人を連れて香川県の孤島で撮った横溝の『獄門島』っぽい映画。庵野監督からは「好きなことやってますねえ」とご感想をいただきましたが、それはもしかして「才能がないと言われてるんじゃないか?」と勝手に脳内で言葉を変換し(笑)、僕は映画をやめたんです。

――とはいえ、今では庵野監督の盟友の樋口真嗣監督から『虚無回廊』の帯へ推薦コメントをもらっている(笑)。

高木:不思議な縁です。

――アルバムは、未完の『虚無回廊』を音楽で完結させるというコンセプトですが、物語の結末をどんな風に想像したんですか。

高木:言葉では表現したくないんです。この小説は、読んでいてこんなところで終わるのかと、未完なのが面白い。ならば勝手にエンディングを作ろう。音で表現しよう。どういう風になったか、聴いた人にゆだねる方が面白いと思って、あえてエンディングテーマを作りました。

――その曲は、ノイズのなかで遠くにギターが聴こえる。

高木:SF風の音でやりたかったのでああいう風にして、シンセサイザーによる女の人と男の人の声を左右に入れた。冨田勲先生が『惑星』でやっていた、言葉としてはわからない「パピプペ」と聞こえる声を真似しました。

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