漫画家・藤生の魅力 多岐に渡るエッセイ漫画に通底するのは、生けるものへの優しさと深き愛

 20年のあいだ連載されている漫画がある。

『マザーファッカーズ』。伝説になりつつあるBLエッセイ漫画だ。私は20年前、『マザーファッカーズ』を高校時代に初めて読んだ。

 学校帰りにBL漫画誌「drap」(コアマガジン)を買い、読者投稿欄まで隅から隅まで読むほどに愛読していた。その中に藤生の『マザーファッカーズ』があったのを鮮明に覚えている。

 2022年9月に出版された『マザーファッカーズ』の3巻を手にしたとき、自分が深い緑色をした制服を着てファストフード店で「drap」をめくりながら、友人とどうでもいい話をしていたことを思い出した。藤生の『マザーファッカーズ』は長い時間を飛び越えて、今ではBLをあまり読まなくなった自分をタイムリープする力がある。20年というのはあっという間なのだなあと感慨深くなってしまった。

『マザーファッカーズ3 BL畑の片隅で』(コアマガジン)


 漫画家の藤生が描くエッセイのジャンルは多岐に渡る。『マザーファッカーズ』は、「drap」で今でも連載中であるし、今年3月に発売されたコミック『女×女のうまくいかない恋愛エッセイparlor』(新書館)は百合ジャンルだ。

『女×女のうまくいかない恋愛エッセイ parlor(1)』(新書館)


 自叙伝的作品集である『えりちゃんちはふつう 』(白泉社)は幼年期から思春期の、胸を締め付けられるような「成長痛」を感じることのできる稀有な漫画だ。作家・藤生の生きることの大変さに裏打ちされた優しさがにじみ出る心温まるエピソードが詰まっている。

『えりちゃんちはふつう』(白泉社)


 『マザーファッカーズ 底辺BL作家の日常』(1巻)を以前読んだ時は、破滅型にも見える藤生の生き方に「作家という生き物は大変なのだな」と思っていた。

『マザーファッカーズ -底辺BL作家の日常-』(コアマガジン)


 しかし、改めて1巻を読み直すと、1ページに描きこまれる情報量の多さに驚く。一方『マザーファッカーズ BL畑の片隅で』(3巻)は描写が最低限に抑えられている。私は1巻も3巻も好きだが、読みやすさでいえば、20年間描き続けていることが伊達ではないと感じる、3巻だ。

 『マザーファッカーズ』3巻では多く言及されていないが、垣間見られる大切な同居「犬」だったどてちんを喪った悲しみがひしひしと伝わってくる。ひりつくようなペットロスの痛みは『マザーファッカーズ BL畑の片隅で』を読んでそっと胸に秘めておくべきなのかもしれない。

 藤生と共に生活をしている「先生」(=BL漫画家の高久尚子がモデル)との生活は、自分だったら絶対に無理だろうと思わせる生活ぶりを披露している。私もたいがい無精者なので「先生」と意見が合いそうだ、と感じるところがある。たとえば食事に関しては料理が上手な藤生と「まず冷蔵庫を開けることがワンアクション」の「先生」とだと、私は「先生」に近い(ただしアイスやケーキのときはワンアクションはプレゼントのラッピングをはがすことと似た感覚だ)。

 「王様先生」という回では、藤生は食事係として献立は品数やバランスを気にしてそこそこ凝ったものをつくっていたのだが、あるとき「先生」が

 気が散る……

 とポツリとこぼした。どんぶりやカレーを出すと気が散らない、むしろ喜んで食べてくれる「先生」を見て藤生は理解する。

先生は品数の
多いメニューが
お好きではなかったのですね

もっと早く
おっしゃってくだされば
よかったのに

 藤生の言葉に「先生」は以下のように返す。

えっ…
そんなあ
せっかく
作ってもらってる
ものなのにそんな
王様みたいなこと
言えないよう

 と謙虚な「先生」だ。しかしあるものに関しては王様な態度をとる「先生」をぜひ『マザーファッカーズ BL畑の片隅で』で確かめて欲しい。

 ひとりの愛読者として、漫画の中でも病に倒れがちな藤生が健やかにあって欲しいと私は願っている。そして30年、40年と『マザーファッカーズ』の連載を続けてほしい。

 そして藤生と「先生」が歓びに満ちた生活を送って欲しいと心から願っている。藤生と「先生」の楽しい生活を。それが読者に、私に、勇気をくれるのだから。

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