注目のブックビジネス【前編】鹿島茂が手がける「PASSAGE」&「ALL REVIEWS」の革新性

PASSAGEは商業の原初形態

 ――PASSAGEでは、棚主からのメッセージが挟まれたり棚主が読んだときに貼った付箋がそのまま付いていたりする本を棚主から直接買う。それによって、PASSAGEで買う本はフリーマーケットやオンライン中古書店で買う本とはまったく別の価値が付された唯一無二の本になっています。これが本の耐久消費財化ということですね。 

(撮影:はぎひさこ)

鹿島:直販制の相対取引、つまり商業の原初形態です。そして、PASSAGEでは価格の競争はやめようということにしています。安いほうが売れる、という場所にはしない。棚主は、自分がおもしろいと思ったら、そのおもしろさに値段を付ける。その値段に共鳴する人が買ってくれる。 

――「古本好きの人々が棚を借りると思ったら意外にも本好きの人々が集まった」と取材で語っておられました。一般の棚主さんたちは、自分の“推し本”を楽しそうに売っていますね。 

鹿島:売る人は、利益幅はそれほど大きくなくても、自分が薦めた本を誰かが手に取って買ってくれたという喜びのほうに大きな価値を感じるわけです。 

――棚での直販制という直接性がPASSAGEの魅力ですね。遠方に住んでいて店に行けない人もオンラインで直接性を楽しめるようサイトが工夫されています。「棚主紹介」では約360人の棚主の個性豊かなアイコンが並んでいて、店の棚を実際に眺めているようです。アイコンをクリックすると棚主のプロフィールと棚で現在売られている本を見ることができます。オンライン購入に対応している棚ではここから本を買えるのですね。 

鹿島:彼(由井さん)は電脳的なことが専門だから、オンラインの機能はかなり充実しています。

PASSAGE店内の様子(撮影:與曽井陽一)

 

渋沢栄一の思想

――ALL REVIEWSは書評家、PASSAGEは棚主という個が集まり、自分が信じる価値を本を介して交換している集団です。PASSAGEの楽しそうな活況は出版業界におのずと影響を与えていくのではないでしょうか。ふと気づいたのですが、ALL REVIEWSとPASSAGEは、鹿島さんが著書『渋沢栄一』で重要視していた渋沢の思想を実現なさったものではないでしょうか?  個の資本を結集させて大きな利益を生みその利益は個に還元するという「合本主義」や、経済人は道徳的でなければいけない という「道徳経済合一説 」、個の利益追求が社会改革につながるという渋沢の思想です。

鹿島:評伝を書いたことの影響はあると思いますよ。わずかであっても、みんなに利益が出ることが重要だと思っています。それに渋沢は資本主義の制度設計者でしたが、僕の目的も21世紀の制度設計です。 

 資本主義社会の仕組みは、自分も参加者にならないと変えられないことがあるから、自分で実際にやってみることが非常に重要だと思いました。ALL REVIEWSでは自分の理想でやってみても思うようにうまくいかない、関わるあらゆる人に利益が還元されないと長続きしない、と色々な反省や思うことがあった。おもしろいですよ。 

――自分が価値を感じるものに、自分が思うままに値段を付けて売る。自分で店を構えないかぎりできないはずのことが、PASSAGEでは棚を借りればできるわけですね。 

鹿島:売るということと買うということの敷居を下げたことは大きなことだと思いますよ。 

――新フロアで「PASSAGE bis」という空間を年明けにオープンするそうですね。 

鹿島:ちょっと寛いで話せる場を作り、棚と冷蔵庫も置いてそこを貸し出します。コンセプトは「自分の好きなものを売る」。本に限らず、アンティークとか、お薦めのワインとか。そのワインをそこで一杯飲めるようにしたり。僕もワインを出します。 

――サロンのようなイメージでしょうか。 

鹿島:サロンというか……僕は政治的、排他的な仲間同士がいがみあうというのが嫌いなんです。僕の原点にあるのはね、駒場寮の上にあった共同浴場。昼間は民青、革マル派、中核派がゲバ棒を持ってガンガン殴り合ってるんだけど、夜になるとお風呂に入らなきゃいけないから、みんな裸になって、党派なし。 

――開放的で寛容な空間にしたい、と(笑)。 

鹿島:そうそう。 

リスクを負わないと人は真剣にならない

(撮影:はぎひさこ)

――鹿島さんのように自ら新しいビジネスを始める学者は稀な存在だと思います。 

鹿島:リスクを負わないと人間は真剣にならない。これは商業の原点だけど、研究者もそうです。昔、フランス文学者の河盛好蔵さんが僕に「君、研究書は学校の研究費で買っちゃだめだよ」と言うんだ。「なんでですか」と聞いたら「真剣味が出てこない。自分でお金を払った本だと真剣味が増して一生懸命読もうと思うけど、学校の費用で買ってもらうと読まない」と。自分が大きな研究をしたいと思ったらそれなりのリスクを自分でテイクするべきで、ノーリスクっていうのはいけないんです。 

――リスクをテイクするべき――膨大な稀覯本コレクターとしても知られる鹿島さんがかつて蒐集のために借金を重ねて自己破産寸前までいったという有名なエピソードや、こうして既存の書籍市場と異なる価値体系の冒険的な新ビジネスをプロデュースなさったのはそういうことなのですね。

(11月3日に後編記事「ALL REVIEWS株式会社社長・由井緑郎氏インタビュー」を掲載予定です)

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