坂本龍一が病と闘いながら発するメッセージとは 「最後になるかもしれない」コンサートを前に

 坂本龍一が先日、12月11日にピアノ・ソロコンサート「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022」を配信することを発表した。「ライヴでコンサートをやりきる体力がない——。この形式での演奏を見ていただくのは、これが最後になるかもしれない」というコメントを発信したこともあり、大きな話題を集めている。

[Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 - teaser]

 2014年7月に中咽頭ガンを患っていることを公表した坂本龍一。翌年、映画「母と暮らせば」(監督/山田洋次)の音楽制作で活動を再開し、映画「レヴェナント:蘇えりし者」(監督/アレハンドロ・G・イニャリテゥ)の劇伴が「ゴールデングローブ賞」にノミネートされるなど、完全復帰を果たした。

 2017年春には、8年ぶりのオリジナルアルバム「async」を発表。その後も映画「MINAMATA-ミナマタ-」(監督/アンドルー・レヴィタス)、映画「ベケット」(監督/フェルディナンド・シト・フィロマリノ)、映画「アフター・ヤン」(監督/ゴゴナダ)などの音楽制作に携わるなど、精力的に活動を継続してきたが、2021年に直腸がんに罹患したことを発表、現在も治療を続けている。

 病気と闘いながらも、作品とメッセージを発信し続けている坂本。特に印象的だったのは、2022年3月、JR新宿駅南口で開催されウクライナ侵攻反対を訴えるライブイベント「No War 0305」に向け、メッセージを発信したこと。イベント当日、GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーによって代読された「こんな理不尽なことが許されていいはずがない。世界中で何億人という人間が注視しているのに止められないもどかしさ。多くの人が何かできることがないかともがいている。僕もその一人だ」という言葉は、個人的にも強く共感できた。

 坂本は90年代後半以降、環境・エネルギーの問題を中心に、積極的な発言と行動を行ってきた。2012年7月の脱原発運動の際は、首相官邸前のデモに参加し、「たかが電気のために命を危険に晒してはいけない」などと発言し、大きな波紋を生んだ。ウクライナ侵攻反対を掲げたイベントへの賛同もまた、社会的な動きにコミットするべきだという彼の意志の表れだろう。

 この国のポップミュージックの隆盛の礎を築いた1950年代生まれのミュージシャン、クリエイターたちの多くが社会的なメッセージの発信を避け、“文句ばかり言わず、現場でがんばっている人たちに感謝して、粛々と暮らしましょう”という態度を取るなか、坂本のスタンスは異端かもしれない。しかし、彼の言葉や行動が与えた影響は大きく、音楽ファンの意識にも様々な作用を与えていることはまちがいない。

 たとえば『非戦』(坂本龍一・監修/幻冬舎/2001年)の“あとがき”で坂本は、こう記している。

「狂信的に見える自殺テロにも、世界一の軍事力をもって行われている、アメリカの報復にも、必ずその原因や背景があるはずだ。そして、それが分かれば、今世界に何が起きつつあり、どこへ向かおうとしているのか、その大きな渦の中でぼくたち一人一人は、どう考え、何をすればいいのか分かるはずだ。知る、ということは生死に関係する。」

 2001年のアメリカ同時多発テロ、それに対するアメリカの反応へのリアクションとして編まれた本の“あとがき”の文章だが、20年以上経った現在も、この言葉は完全に有効であり、ここに込められた思いはさらに切実なものとして我々に響いている。

 また、11月下旬には『坂本龍一 音楽の歴史RYUICHI SAKAMOTO: A HISTORY IN MUSIC』(著:吉村栄一/小学館)が刊行される。坂本龍一の生誕から現在まで(1952〜2022年)の音楽の歴史を包括した本作は、初の自伝『音楽は自由にする』坂本龍一/2009年/新潮社)と並び、坂本の言葉に触れる一助になるだろう。

 12月11日に配信されるピアノコンサートに、おそらく言葉は存在しない。しかし、その演奏のなかにはまちがいなく、坂本自身のメッセージが内包されているはずだ。当日は静かに、心を落ち着けて、彼の演奏に耳を傾けたいと思う。

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