写真家・大森克己×編集者・江部拓弥 対談 「おもしろいと感じるものは違っていい。だから余計に楽しいものになる」

ーー江部さんは『dancyu』の編集長になる前に、『料理男子』(プレジデント社)というムックをつくっていましたよね。お二人の最初の出会いは、その頃でしょうか。

江部:作家の山崎ナオコーラさんに『dancyu』巻末のエッセイを書いていただいたときに、山の上ホテルの「バー ノンノン」(東京・御茶ノ水)の撮影を、大森さんにお願いしました。大森さんはその頃からスターでしたから、ロッキングオンで撮られている写真とか、ずっと観ていました。僕はまだ編集者として駆け出しで、いつか仕事できたらいいなあと思っていたんです。

大森:でも、その撮影は、取材時間は長くなくて。ふらっと集合して、撮って、じゃ! みたいな。そんな初対面だったよね。だから、一緒に仕事したぜ、っていう実感は、あんまりなかった(笑)。その後、江部さんは『dancyu』の編集長になられて、その後も何回か仕事の依頼をもらってたんだけど、たまたまスケジュールが合わなくて、ご一緒できなかった。そういうすれ違いが続くと、疎遠になることがあるんだけど、ちょっと経ってから、謎のオファーがあった。

江部:『dancyu』の焼酎特集で大森さんに、「青ヶ島」(※東京都に属する有人離島で、二重カルデラの特殊な地形の島)に行きませんか? って、お誘いしたんです。青ヶ島の幻の焼酎「あおちゅう」を取材するために。

大森:そのとき江部さんから言われたのが、「何事もなければ4泊5日の取材なんですけど、予定通り帰ってこられないかもしれないし、そもそも予定通り上陸できないかもしれないです」って。「え?」って、なりましたよね。

江部:青ヶ島へのアクセスって、ヘリなんですよ。有視界飛行なので、雲が出たら飛べない。ヘリは9人乗りで、そのうち3席は島民のために抑えられている。島民に急患が出たら、さらに席が埋まってしまう。取材班は、作家の方と、大森さんと僕の3名だったんですけど、まず席が確保できるのか怪しかった。

大森:天気も怪しかったんですよね。

江部:取材は梅雨時でした。青ヶ島には八丈島経由で行くんですけど、ひとまず八丈島まではたどり着けた。でも、青ヶ島に行けるかは、その時点ではわからない。

大森:だから、その取材は、めちゃめちゃ印象に残っていて。結果、予定通り行けて、帰ってもこられたんですけど。

江部:青ヶ島村って、日本一人口が少ない村なんです。酒場は2軒あるんだけど、喫茶店もなければ、食堂も、書店もない。日中やることがないんですよね(笑)。

大森:おじさん3人で、ぼんやりしてたよねえ(笑)。もちろん、取材はちゃんとするんだけど、でも取材自体は、そんなに時間はかからないから。濃密な時間だったんだけど、別にそこで僕が写真家として何かを披露したとか、江部さんの編集者としての真髄を見たとか、そういうのは全くないんですよ(笑)。ただ、珍しい仕事だったので、印象には残ったという。

「俺は酒造りに命かけてる。お前ら編集に命かけてるのか?」

ーー誌面にならないプロセスをお聞きするだけでもとても興味深い取材だったんですね。

大森:その次が、島根の日本酒蔵「王祿(おうろく)」。現場には別の編集者の方が同行してくれたんですけど、話をくれたのは江部さんだった。日本酒の仕込みって、12月頃から始まるんですけど、「仕込み始めたばかりのタイミングを撮ってください」、「でも、ひとつだけ言っておかなきゃいけないことがあって、オーナー兼杜氏さんがめっちゃ怖いんです……」って(笑)。

江部:王祿は基本、取材拒否の酒蔵なんですけど、どうしても載せたかったんです。それで、王祿の石原丈径(たけみち)さんに取材のお願いをして、取材前に、僕は担当編集者を連れて挨拶に行ったんです。そしたら、「お前ら、編集に命かけてるのか?」って言われて。「え?」と。「俺は酒造りに命かけてる。だから、お前らが命かけてるんだったら受ける」って。で、僕はすかさず「命かけてます」と答えてしまった(笑)。それで取材はお引き受け下さって、大森さんはモノクロで撮ろうと提案してくれたんです。

大森:どんなにすごい酒づくりのプロセスがあっても、カラーで撮ったらおもしろくないんじゃないかな、って思ったんです。酒蔵の設備よりも、酒づくりをしている人たちに焦点を当てて撮影した方がいいものが出来上がると思ったから。結果、王祿の石原さんも喜んでくれた。その取材を経て、『dancyu』っておもしろいなと感じたんですよね。

 初回は青ヶ島の存在自体がおもしろかったけど、このときは『dancyu』という雑誌がおもしろかった。僕は当時、料理や飲食を撮影する界隈にはいなかったので、お酒とか料理を取り巻く人々の魅力に気付けたのは、王祿の取材であり『dancyu』のおかげなんです。

「写真がめちゃめちゃ良かったんで、折を増やしましたって連絡があって」(大森)
「デザイナーさんや担当デスクからありえない! って、怒られました(笑)」(江部)

江部:その次に、ご一緒したのが居酒屋特集でしたよね。

大森:大森:いまは閉業してしまったんですけど、東京の京王線の稲田堤駅が最寄りで、多摩川の河川敷に「たぬきや」(※『dancyu』2014年9月号掲載)という居酒屋があって。

『dancyu』2014年9月号は、表紙には大森さんが撮影した「たぬきや」の不思議な佇まいの外観写真が掲載。写真を一見しただけでは、この酒場が河川敷にあるとは想像もつかない。特集タイトルは「酒場はどこだ?」。ダブル・ミーニング……!?

江部:かつて船着き場だったところに建っていて、ビーチハウスっぽい風貌の、いわば「川の家」。雨降ると休み、風が強いと休み。

大森:で、江部さんからの依頼がこれまた変わっていた。「たぬきやに開店から閉店まで居て、写真を撮ってください」って(笑)。土曜日の12時くらいに行って、日が暮れるまでずっと居ました。近所の人がピクニックのように飲んでいる様子とか、テレビの競馬中継を見ている人たちとかを撮影していましたね。料理もちょっとは撮ったけど、どちらかといえば、そこに集う人たちに声を掛けて、撮らせてもらいました。

 印象深かったのは、江部さんから「写真がめちゃめちゃ良かったんで、折(※本は、1枚の大きな紙に16ページまたは32ページ単位で両面印刷する。この1枚の印刷用紙の単位を「折」という)を増やしました」って連絡をいただいて。え、マジで? と。

ドキッとする見開き。導入でなく、数ページめくった後に、ロケーションの全貌を伝えるこの写真が、不意に現れる。なんて気持ちよさそうな場所なのだろう。吹き抜ける風を感じる。

ーー写真が良くて急遽ページ数を増やしたんですか!?

大森:すごいなと思いましたね。写真は良かったけど、ページ数が足りないなあ、もったいないなあ、で、普通は終わるんですよ。写真が良かったからページ数を増やしてもらえたことって、編集長の江部さんが担当だったとはいえ、なかなかそんなことはできないと思う。

江部:でも後日譚があって、巻頭企画だったから、ほかのページに余波がきて。ノンブル(※ページ番号)も変わるし、いろいろ調整が大変で。デザイナーさんからも担当デスクからも、ありえない! って、怒られました(笑)。

「江部さんとの仕事で「こう撮って」と言われたことが一度もないんです」(大森)

大森:そのときはっきりと、江部さん、編集者としてすごいなって(笑)。しかも、江部さんの取材は全部がそうだけど、「こう撮ってください」が何もないんですよ。現場に送り込まれて、好きに撮って、それだけ。

江部:僕は基本的に、こう撮って、ああ撮って、とは言わないんです。たぬきやに関しても、料理の写真がなければないで、いいと思っていました。大森さんがそこに興味がなければ、なくていい。だからページ数だけ伝えて、現場に行ってもらった。そんなに、かっこいいもんじゃないですよ。

日没に向かって流れる時間、変わる空気。土手酒(土手で飲むから人呼んで土手酒)を片手に、思い思いに過ごす人たち。大森さんの写真を見てページを増やしたくなった江部さんの気持ちに共感するとともに、それを実行してしまう編集者としての手腕に敬服する。

大森:だけど江部さんとの仕事は、それぞれの現場の空気感が、すごく良かったんです。広告やバーターの撮影が時代的にも増えてきた中で、『dancyu』って、自由にやってるな! 編集者の興味のあるものをピックアップして、すげえな! って思いました。そもそも、雑誌の醍醐味って、そこじゃないですか。そういう意味では、僕も雑誌で仕事をはじめた駆け出しの頃を思い出す気持ちになって、とても楽しかったんですよね。

江部:大森さんは、僕が想像しているのと、違う写真を撮ってくれるんです。しかも100%じゃなくて、200%くらいのものを。想像以上に良い写真をくれるから、ああ、やっぱりすごいなあ……と思うんですよね。

大森:例えば、撮影スタジオで人物が立っていたとして、なんでこの人はここに居るんだろう、って感じてしまったときに、その状況に嘘をなくすのって難しいんです。リアリティがないから。だけど江部さんとの仕事は、全てがドキュメンタリーなんです。そこにその人が居ることに関しては嘘がないし、全面的に信じられる。おっ! と思ってシャッターを切れば、必ず何かが写る。シンプルで気持ちがいい。そして、一緒になって盛り上がれる。

江部:僕は編集者で、大森さんは写真家。これまで見てきたものや影響を受けてきたもの、仕事の内容も違う。だからおもしろいと感じる物事が、もともと違うんですよね。大森さんと仕事をすると、こういうところを大森さんはおもしろがるんだって、発見がたくさんあるんです。そういう気づきや発見が余計に楽しくなるところがありますよね。

■プロフィール

大森克己(おおもり・かつみ)
1963年、兵庫県神戸市生まれ。日本大学芸術学部写真学科中退。スタジオエビスを経て、’87 年よりフリーランスとして活動を開始。フランスのロックバンド Mano Negra の中南米ツアーに同行して撮影・制作されたポートフォリオ『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第9回写真新世紀優秀賞(ロバート・フランク、飯沢耕太郎選)受賞。主な写真集に『very special love』、『サル サ・ガムテープ』、『Cherryblossoms』(以上リトルモア)、『サナヨラ』(愛育社)、 『STARS AND STRIPES』、『incarnation』、『Boujour!』、『すべては初めて起こる』(以上マッチアンドカンパニー)、『心眼 柳家権太楼』(平凡社)。写真家としての作家活動に加えて『dancyu』、『BRUTUS』、『POPEYE』、『花椿』等の雑誌やウェブマガジンでの仕事、数多くのミュージシャン、著名人のポートレート撮影、エッセイの執筆等、多岐に渡って活動する。

江部拓弥(えべ・たくや)
1969年、新潟県三条市生まれ。高校卒業を機に上京。早稲田大学社会科学部を卒業後、プレジデント社に入社。「プレジデント」編集部などを経て、2008年より『dancyu』編集部、’12年より、同誌編集長、『dancyu web』編集長などを歴任。ベースボール、カレーライス、ロックンロールが好き。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

■書籍情報

『山の音』
発売日:2022年7月28日
価格:2970円(税込)
仕様:四六判(462頁)
著者:大森克己
装幀:佐藤亜沙美
校正:岡本美衣
制作:坂本優美子
編集:江部拓弥
発行所:プレジデント社
印刷・製本所:凸版印刷

■展覧会情報

グループ展「写真新世紀30年の軌跡展-写真ができること、写真でできたこと」@ 東京都写真美術館(10月16日〜11月13日)「Mano Negra とラテンアメリカを旅して撮影され、ロバート・フランクによって1994年に優秀賞に選ばれた大森のデビュー作 “ GOOD TRIPS, BAD TRIPS “ を出品」。
https://global.canon/ja/newcosmos/news/topics/30exhibition/

大森克己写真展《山の音》@ MEM(10月20日〜30日)
https://mem-inc.jp/2022/09/28/221016omori/

関連記事