性被害を受けた男女が性差に対峙するーー鳥飼茜による意欲作『先生の白い嘘』を読む
多くの性行為は、暴行ではないのだ。ほとんどの人は当たり前のこととしてその事実を受けとめているが、性的暴行によって自分が幸せになるための選択ができなくなった美鈴にとっては違った。それゆえに美奈子の妊娠は自らの価値観を覆すような出来事であり、美鈴は、希望を形作るための性行為もあるのだと感じる。
もちろん性によって傷つけられた女性も男性も、希望を心に宿して性行為をすることができるのだ。そのために美鈴は早藤と立ち向かわなければならないと感じる。彼女は救いの手を差し伸べようとする新妻の手を直接的には借りずに、ひとりで早藤に立ち向かう決心をする。
「ひとりで」と決意したことは、まさに「(女性である)自分のあそこが怖い」「(男性である)早藤の自分に向けた苦しみが怖い」という根源的な感情と真正面から向き合うことを意味する。
自らの女性性を受け入れ、自分の肉体、そして希望を取り返すための勇気をふりしぼる美鈴。結果として早藤に激しい暴力を振るわれ「一生どんな相手でも男であるかぎりお前には許せない」と呪いのような脅迫をされる。しかし時間はかかるかもしれないが、一度決意を形にするための勇気が出せた彼女であればその呪いから解き放たれて、希望にあふれた人生の選択をすることができるようになるのではないだろうか。
男女は肉体の構造が異なる。そして母親の胎内にいる時から、「産む性」「産ませる性」という区別をされている。そのため男女の肉体的な性差を変えることは不可能に近い。しかし、お互いが自分自身、そして愛する人の肉体に愛情をもって触れ合えば、互いの性を慈しむことはできるはずだ。
本作はほかにも登場人物がいて、それぞれの境遇が描かれる。最後に婚約者の早藤に対してある選択をする美奈子はもとより、美貌と頭の良さを兼ねそろえながらも暗い秘密を抱えている女子高校生の三郷佳奈(通称ミサカナ)、美鈴と同じように早藤に処女を奪われ、早藤からの性暴力を恋愛だと思いこむことで無意識のうちに受けた傷をなかったことにしようとする山本玲菜、新妻とミサカナの同級生で、女好きだが真っすぐな性格の和田島などが登場する。
美鈴と新妻、もしくは早藤によって、彼らの人生も変容して大きく動いていく。ラスト、美鈴と新妻がふたりきりで美鈴の家にいるときの様子に注目してほしい。明らかに以前とは異なる表情のふたりがそこにいる。
物語の序盤、美奈子と女性ふたりで会うことを想定してスカートをはいていたとき以外、ずっとパンツスタイルだった美鈴が、この終盤の場面ではワンピースを着ている。主軸のエピソードからは二年が経過しており、このワンピースがウエストを絞らないスタイルのものであるため、「美鈴が新妻の子どもを妊娠しているのではないか」という解釈もできるが、私は彼女が自らの女性性を慈しむことができるようになった証のように思える。新妻はとても穏やかな表情で美鈴と会話をして見つめ合う。
『先生の白い嘘』を多くの女性たち、男性たちに読んでほしい。読みながら、自分がどう感じるのか、そう感じた理由は何なのか、突き詰めて考えてほしい。