【鉄道】祝開業150周年 鉄道漫画界の雄・松山せいじに聞く「美少女もの」を描く理由
今年は、新橋~横浜間に鉄道が開業してから150周年という記念すべき年である。しかし、JRのローカル線は赤字続きの路線が多く、今後廃線を検討することもあるようで、鉄道ファンからすると不安なことだろう。一方で漫画のジャンルとして、定着した感があるのが、鉄道漫画だ。松本零士の『銀河鉄道999』なども鉄道漫画といえるのかもしれないが、2000年代から増加したのは、鉄道の趣味性にスポットを当てた作品である。
アニメ化もされた横見浩彦・菊池直恵著の『鉄子の旅』がブームの火付け役となり、今では「旅行もの」「駅弁もの」「擬人化もの」まで、ジャンルが細分化されている。それは、鉄道ファンが「撮り鉄」「乗り鉄」といった塩梅で分類されるように、漫画の世界でも専門性の高い、濃密な世界が広がっている。
さて、鉄道漫画の世界でも「美少女もの」とでもいうべきジャンルを一貫して描いているのが、漫画家の松山せいじだ。なかでも、鉄道部の女子高生が主人公の『ゆりてつ 私立百合ヶ咲女子高鉄道部』は、秋田県由利本荘市を走るローカル線・由利高原鉄道とコラボが行われたほどのヒット作でもある。生粋の鉄道ファンであるという松山に、鉄道の魅力をじっくりと語っていただいた。
「影響を受けた天神・大牟田線」
――松山先生が鉄道に興味を持たれたのは、いつ頃でしょうか?
松山:物心ついた幼児の頃から鉄道好きでした。福岡の実家のそばに、西日本鉄道の大牟田線(現:天神・大牟田線)のカーブの踏切があって、早朝から、カンカン、ガタンゴトンと音が聞こえる場所で育った影響も大きいです。あと、南福岡電車区(現:南福岡車両区)が近くにあったので、電車の出し入れをよく見に行ってました。
――日常的に鉄道が楽しめる環境で育ったのですね。
松山:そうですね。南福岡電車区の車庫で稼働していたクモヤ740形は今でも印象に残ってますし、国鉄の鹿児島本線ではブルートレインも朝夕に走っていたりと、見どころが多かったですね。
――子どもの頃の思い出深い、鉄道のエピソードは何かありますか?
松山:ちょうど小学生の頃が、国鉄からJRに変わるタイミングだったんですよ。福岡県に多かった炭鉱系のローカル線が廃止になる時期に、国鉄勝田線をお小遣いの範囲内で兄と一緒に乗り鉄していました。今と違い、いろんな形式の気動車がデタラメに繋いであって、印象に残っていますね。その後、中高生の頃には漫画を描くことやゲームにハマり、一度は鉄道趣味から離れました。
――ここから、松山先生の鉄道趣味について掘り下げてお聞きします。好きな鉄道路線を挙げていただけますか?
松山:やはり、実家の前を走っている西鉄の天神・大牟田線でしょうか。遠足や遠出、通学にも利用した鉄道路線であることが大きな理由ですね。また、国鉄勝田線はローカル線を乗り鉄する楽しさを知った路線でもあります。廃線後も香椎線の宇美駅から歩いて、その様子を見に行ったことがあるので印象に残っていますね。
――好きな鉄道車両もやはり、西鉄の車両でしょうか?
松山:生まれた年が自分と同じ昭和50年の、西鉄5000形です。近年は置き換え用に9000形が登場してきたので、初期型は今後廃車になっていくと思います。ラストランイベントが行われるときは、ぜひ行きたいですね。
――鉄道のいまもっとも気になる鉄道のトピックス、出来事はございますでしょうか。
松山:西鉄の雑餉隈〜下大利の高架事業と、部分開業する西九州新幹線ですね。鉄道路線の廃止の話題が多いなかで、新たにアップデートされる路線があるのは喜ばしいことです。
鉄オタ有名編集者からの依頼で鉄道漫画を描くことに
――さて、僕にとって松山先生と言えば、アニメ化もされた『エイケン』のイメージです。鉄道漫画を描き始めたときは、あまりにジャンルが違うため、びっくりした記憶があります。描こうとおもったきっかけはなんですか?
松山:ちょうど、『エイケン』『ゾクセイ』が終わったあと、自分の中にある漫画にアウトプットできるものがなくなってしまったんです。そんなとき、鉄道模型店で「マイクロエース西鉄2000形」を買い求めたり、アニメ化もされた鉄道漫画『鉄子の旅』と出合いました。子どもの頃はお小遣いの範囲でしかできなかった乗り鉄を、連載のヒットで貯めたお金で、全国規模でやってみたんですよ。
――鉄道ファンなら誰しもがやってみたい夢のような旅行ですね。
松山:そのことをブログに書いていたら、『鉄子の旅』にも登場していた鉄オタ編集者のイシカワ氏から、「一緒に鉄道漫画を描きませんか?」と誘われました。この出会いがきっかけで、『鉄娘な3姉妹』を描き始めたというわけです。
――それは凄い! 『鉄子の旅』初代編集者のイシカワさんから、直接ですか(笑)! 松山先生が濃密な鉄道漫画を描くことができた背景には、鉄道好きの編集者との出会いがあったからなのですね。鉄道漫画を描いているなかで、印象深い仕事はありましたか?
松山:「余部鉄橋」で有名な餘部駅に取材に来ていたら、地元の人が会いに来てくださって。それがきっかけで、道の駅の横にある地域の施設のフォトスポットの撮影ボードの絵を描くことになりました。今も現存してるはずですよ。
――個人的には、伝説の雑誌「コミック鉄ちゃん」に掲載された『小さな鉄のメロディ』も印象に残っています。あの雑誌のコンセプトは面白いと思いましたが、1号で休刊になってしまいましたね…
松山:はい、「コミック鉄ちゃん」が1号で休刊になってしまい、完成していた2話目がお蔵入りになりましたが、その2話が『ギャル鉄』のベースになったので、結果としては良かったですね。
――鉄道漫画で「美少女もの」を描こうと思ったきっかけは何ですか?
松山:いわゆる美少女ものを選んだのは、もともとラブコメ作品でヒットを出していたこともあって、そのまま読者を引き継げるかな、と思ったためです。また、『ゆるキャン△』のキャンプや『ヤマノススメ』登山のように、鉄道趣味も愛好家の割合は男性の方が多く、女性を出してみたら面白いかな? と思ったのも理由です。
――確かに、かつては鉄道といえば男性の趣味というイメージでした。今では、鉄道好きを公言する女性も増えてきましたよね。
松山:“鉄子”という愛称のおかげで、女性の鉄道好きが文化として定着したというのもありますね。私のもとにも、実際に女性の鉄道ファンから『自分のような鉄道好き女子を描いてくれて嬉しい』というファンメールをいただいたこともありますよ。
――先生の鉄道漫画は、キャラがいかにも漫画らしくデフォルメされているのに対し、鉄道の車両はかなりリアルに、そして緻密に描き込んでおられます。
松山:車両の描写に関してはすごくこだわっていますね。キャラは漫画チックだからこそ、車両は風景はフォトリアルな絵にして、車両も形式の編成番号がわかるくらい描き分けています。そのギャップも面白いかな? と思いまして。例えば、猫好きの漫画家が描く猫って、骨格の作りや仕草までリアルな描写になりますよね。私が鉄道ファンだからこそ、リアルな描写にこだわりたくなるのかな、と思います。
――その気持ちは、とてもよくわかります。好きだからこそ、とことん描き込んでみたくなるわけですね。
松山:ただ、昨今は写真から加工して絵を起こすこともできますし、デジタルの技術の進化で、リアルな絵はみんな描けるようになってきたんですよ。だから、あえて手描きの味が出たまるみのある鉄道車両や風景が登場する漫画も描いてみたいです。
――先生のこだわりが詰まった『ギャル鉄』も、8月19日に2巻が発売されます。見どころと、読者へのメッセージをいただければ。
松山:『ギャル鉄』はこれまで描いてきた、『鉄娘な3姉妹』『ゆりてつ 私立百合ヶ咲女子高鉄道部』に続く、鉄道漫画シリーズの通算10冊目の本になります。この3作品は、その時代の現在の鉄道をテーマに作品世界が繋がっています。3作品を跨いで、乗り入れて登場するキャラクターもいるので、過去作からの読者も、初めての方も、ぜひ読んでいただきたいです。『ギャル鉄』の物語終盤に出てくる「サンライズ瀬戸・出雲」は、しっかりとリニューアル編成を作画しています。新たに増設されたパンタグラフも描いていますので、ぜひ見てくださいね(笑)