“あの頃の感覚”を忘れなかった松本大洋だけが描けた名作 『GOGOモンスター』文庫化に寄せて

子供たちの中にはそれぞれ異なる「宇宙」がある

 それにしても、素晴らしいのは、松本大洋が描く子供たちの世界だ。『鉄コン筋クリート』のクロとシロもよかったが、本作のユキとマコトもそれに勝るとも劣らない名コンビである(さらに、状況を混乱させるもうひとりの子供――箱をかぶった怪しげな上級生・「IQ」もいい)。

 ちなみに、本作を松本大洋が発表したのは33歳の時だったそうだが(執筆期間は約2年とのこと)、よくぞその年齢まで、“あの頃の感覚”を忘れずにいられたものだと思う。

 そういえば、心理学者の河合隼雄が、『子どもの宇宙』という本の中でこんなことを書いている。

この宇宙のなかに子どもたちがいる。これは誰でも知っている。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを、誰もが知っているだろうか。それは無限の広がりと深さをもって存在している。

〈中略〉

私はふと、大人になるということは、子どもたちのもつこのような素晴らしい宇宙の存在を、少しずつ忘れ去ってゆく過程なのかとさえ思う。それでは、あまりにもつまらないのではなかろうか。

〜河合隼雄『子どもの宇宙』(岩波新書)より〜

 そう、言い方を変えれば、大人になってもこの種の「宇宙」を忘れずにいられた松本大洋のような人だけが、漫画家になれるのかもしれない。

 『GOGOモンスター』のラスト、「冒険」を終えた子供たちは、自転車に乗って颯爽(さっそう)と街中を走り抜けてゆく。少しだけ大人になった彼らは、「スーパースター」や「やつら」のことをもう忘れたのだろうか。それは誰にもわからない。しかしあの日、学校の階段をいくつも昇り、黒い“扉”を開けた末に視た世界は、きっと少年の心に“何か”を残したことだろう。かつてマコトが、低空飛行する飛行機を見ながらいったように、重要なのは「何処へ行くか」ではなく、「何処から帰って来たのか」なのだ。

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