連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年3月のベスト国内ミステリ小説

若林踏の一冊:潮谷験『エンドロール』 (講談社)

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中で自殺願望を抱く若者たちと、ある理由から自殺志願者の増加を止めようとする小説家の高校生を描く物語である。命を巡る議論や物語論が展開する序盤を読む限り「これはミステリではないのでは?」と疑う方も多いだろうが、しっかりとミステリになるんだな、これが。しかも、その切り替えが自然かつ鮮やか。前作『時空犯』では唖然とするような転回点を用意していたけれど、本作は別の趣向で見事な転調を描いているのだ。次はどんな技巧を使うのか、と期待させてくれる作家になりつつあるぞ、潮谷験。

藤田香織の一冊:塩田武士『朱色の化身』(講談社)

 ある個人的な事情から、失踪した辻珠緒の行方を追うことになった元新聞記者の大路。物語の前半、周囲の人々が大路に語る、京大法学部へ進学し女性総合職二期生として大手銀行へ入行、京都の老舗和菓子屋の御曹司と結婚して離婚した後はゲーム開発者として大ヒットを飛ばしたバイタリティ溢れる才女、という珠緒の印象が読み進むうちに少しずつ変わっていく。表と裏の顔、ではなく、一歩ずつ奥へ踏み込んでいく感覚で、読み応えのある構成と、史実に基づく時代性のリアリティに静かな興奮が。1963年生れの女子小説(あえて)としても秀逸!

杉江松恋の一冊:潮谷験『エンドロール』(講談社)

 葉真中顕『ロング・アフタヌーン』(中央公論新社)と迷ったのだけど熟考の結果こちらに。ちなみに葉真中作品はシスターフッドを軸とした諷刺小説で、かつ作家小説でもある。『エンドロール』の舞台はコロナ流行後の近未来だ。こんな世界なんか捨てちゃえ、とばかりに無責任な自殺賛美論をまき散らそうとするグループと闘う若者が主人公となる。その展開からフーダニットの謎解きに持っていけるというのが素晴らしいではないか。大外からのまくりを決められた感じだ。後半は謎解きがずっと続くので、最終ページまでまったく気が抜けない。

 先月の三人に続いて今月は四人が一つの作品を。この傾向が来月も続くのでしょうか。またもや気の合わない六人に戻るのでしょうか。さっぱり先が読めませんが、来月もよろしくお願いします。

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