松田青子が語る、世界幻想文学大賞受賞の背景 「英米では小説のもつ批評性を認めてもらった」

幸せなつくり方で生まれた英訳版


――本当に、ひどい目にあってきた女性の幽霊たちを救い出すような作品です。

松田:だからこそ「楽しさ」を大事にしました。『おばちゃんたちのいるところ』の中では、幽霊たちが、ビヨンセの歌を歌ったり、『マッドマックス:怒りのデス・ロード』を映画館で見たり、スターバックスのラテを飲んだりします(笑)

――松田さんが幼い頃に怪談に惹かれたのはなんでだと思いますか?

松田:たとえばお菊って、生きている時は非力なのに、死ぬとものすごい力を持って、生きている間に自分を虐げて殺した人たちに復讐しますよね。死んだことによってパワーバランスが一気に逆転する。怪談の中では、死ぬことで肉体から解放され、強くなれる。それが私には魅力的でした。それに、単純に強い女性を見ることができるものでもあって。女性に対して人があんなに怯える姿って、怪談やホラー映画でしか見られなかった。現実ではあり得なかったことが、怪談だとあり得た。収録作「彼女ができること」のモチーフになった子育て幽霊も昔から好きな話ですが、自分が親になったいま読むと、死んだ女性が子どものために飴玉を買いに行く、その切実さに泣けてしまう。死んでも飴を買いにくるって、その執念がすごいじゃないですか。物語を書き換えていくことで、自分自身が新しい物語と出会う体験になりました。

――「みがきをかける」は英訳が前提だったということですが、単行本が翻訳されることになった経緯も教えてください。

イギリス版『Where the Wild Ladies Are』(cover art copyright (c) Soraya Gilanni Viljoen)

松田:「みがきをかける」を英訳してくれたポリー・バートンさんには、2017年の春にイギリスの「Japan Now」というイベントに出たときにようやくはじめて会うことができたのですが、その際に『おばちゃんたちのいるところ』を一冊まるまる翻訳したいと言ってくれました。その時のイベントの一つで、聞き手を務めてくださったのが、ハン・ガンの『菜食主義者』の英訳でマンブッカー国際賞を受賞したデボラ・スミスさんで、私の『おばちゃんたちのいるところ』の話を聞いて興味を持ってくれて、私の帰国後しばらくして、自分が運営している出版社から出版したいと連絡がありました。

 その後、同じ年の夏に参加したノリッジのライター・イン・レジデンスでもポリーさんと一ヶ月間同じ街で一緒に過ごしたのですが、ちょうど八月は「Women in Translation Month」という、翻訳にかかわる女性作家や女性翻訳家に光を当てる月だったんです。デボラ・スミスさんの出版社Tilted Axis Pressは、主にアジア圏の作家の作品を刊行している非営利の出版社で、フェミニスト出版社だということも明確にしています。せっかくみんなイギリスにいるのだから女性作家と女性翻訳家のイベントをしようとデボラさんが企画し、当時彼女が住んでいたシェフィールドの街に、ポリーさんと、もう一人参加していた韓国人作家のハン・ユジュさんと電車で行って、イベントをしたりしました。そういうつながりの中で『おばちゃんたちのいるところ』の英訳版の話が進んでいき、ビジネスの相手として出会う前に友人関係を築けていたので、英訳版だけは出版に関するやりとりを自分でやっていました。

――作家が海外翻訳版の契約のやりとりなども直接かかわるのは、大変珍しいことですね。

松田:はい。無謀だったと反省もしていて、今はエージェントさんに任せていますが、当時はポリーさんにも助けてもらいながら、自分でやっていました。コロナ禍になってからはTiltedの営業の人とポリーさんと、K-popダンスエクササイズの話題で盛りあがったり、アメリカ版の出版社の人たちは、大統領選でトランプが敗れた時に大喜びしたりしていて、臨場感がありました(笑)。日本の出版社やエージェントを経由したら顔が見えない人たちと、そういう雑談を時々したりしながら本ができあがり、世に出ていった。その過程が見られたことは自分にとって大きいことで、そういう意味でも、幸せなつくり方ができた本です。あと、嬉しかったのが、日本語の小説が英訳される時に、まったく違うタイトルになってしまうことはよくあるのですが、自分が考えた英語タイトル「Where the Wild Ladies Are」がそのまま採用されたことです。


――イギリス版が出たのが3月で、アメリカ版が10月です。イギリス版でもガーディアン誌などで評価され、アメリカ版は夥しい数の書評やブックリストに取り上げられ、TIME誌の「今年の小説ベスト10」に選出。レイ・ブラッドベリ賞の候補になり、独立系出版社で刊行された本に贈られるファイアークラッカー賞、そして世界幻想文学大賞を受賞。松田さんは一連の出来事をどう受け止めましたか?

松田:英訳版をみんなとつくりあげたことに満足していたので、その後のこんな展開に私も驚きましたが、一方で『おばちゃんたちのいるところ』が最高なのは私が一番よく知っているので、私が驚いていてはいけないなとも(笑)。アメリカはイギリスと比べてメディアと媒体の数が膨大で、10月に出版される前からどんどん書評やブックリストに『おばちゃんたちのいるところ』が登場しはじめ、イギリスの出版社の人が、アメリカはやっぱすごいね、とびっくりしていました。私は元々、自分の書評や感想をまめにチェックするほうではないのですが、英訳版に関してははじめてのことだったので、目に触れるものには一応すべて目を通しました。刊行してすぐに、その週に出た本の書評を精査して評価の高かった作品をランキングする、本のロッテントマトみたいなサイトで一位になり、刊行から2カ月経たないうちにTIME誌の今年の小説ベスト10に入ってました。私自身はそれぞれの作品を無意識で書いている部分もあるので、いろんなレビューや感想を見てなるほどと思うことも多かったです。

アメリカ版『Where the Wild Ladies Are』(Cover design & Soft Skull art direction by Michael Salu, houseofthought.io. The copyright year is 2020.)

 アメリカ版を刊行したのもSoft Skull Pressという独立系出版社です。また、独立系書店の人たちがこの本を推してくれて、今年のベスト本に選んでくれた書店もありましたし、独立系出版社から出た本に贈られるファイアークラッカー賞も受賞しました。その書店がアナーキーなほど気に入ってくれている印象があり、なぜだろうと思っていたのですが、書評でよく、『おばちゃんたちのいるところ』は家父長制、白人中心主義、資本主義への批評、批判になっている、と書かれていたので、そういうところが関係しているのかなと思いました。私が『おばちゃんたちのいるところ』の次に書いた『持続可能な魂の利用』ではたしかに家父長制や資本主義批判をより直接的にわかるかたちで書きましたが、『おばちゃんたちがいるところ』では楽しさを重視したので、そこまで前面に批判を押し出したつもりがないんです。だからその部分を感じ取る人が英米に多かったのは面白かった。環境雑誌に書評が載ったことも面白かったです。

関連記事