『今夜すきやきだよ』家族でも、恋人でもない、女ふたり暮らしの物語が暖かい

 近年、映画や漫画などのカルチャーシーンで注目を集めるキーワードの一つ「シスターフッド」。1960年代から1980年代にかけてのフェミニズム運動の中で生まれ、今では女性同士の絆や強い繋がりを表現する言葉として使用されることが多い。

 そんなシスターフッドを魅力的に表現した漫画が谷口菜津子の『今夜すきやきだよ』だ。フリーランスのデザイナーとして働くあいこと、絵本作家として活動するともこが送る同居生活を描いた作品である。冒頭から美味しそうな天ぷらが登場するグルメ漫画でもあるが、本作の大きなテーマは結婚だ。タイプの異なる2人はそれぞれに結婚について悩みを抱えている。

 2019年より電子文芸誌『yom yom』で連載されている本作は、SNS上でも多くの共感を呼んでいる。一体どんなところが読者を惹きつけているのだろうか。2人の主人公と、本作の魅力に迫りたい。

料理も掃除も嫌い。でも結婚したい

 もはや周知のことだが、女性だからといって、誰もが家事が得意なわけではない。料理が好きではない女性ももちろんいるだろうし、掃除や洗濯はただただ面倒くさいという女性も多くいることだろう。あいこもそんな女性の1人で、料理も掃除も下手くそだ。風呂掃除をすれば「ボトルの裏まで洗えていなかったから」、食器洗いをすれば「洗い方汚いから」と、同居人に二度手間をかけている姿は、筆者も身に覚えがある。こういう女性もいる、これも女のリアルだと。

 恋人には、「お前と結婚したら一生奥さんの手料理食べれないってことでしょ」と言われ、同等の仕事をしているにもかかわらず、家事を強要されることに苛立ちを覚えている。過去に、元彼にも同様の理由をもとに婚約破棄をされ、トラウマになっている様子だ。それでも、あいこはかたくなに結婚したいと言う。あいこは、家事が苦手な自分はとっくに受け入れ、そのままで結婚することを望んでいる。

 あいこの選択肢にはナチュラルに家事代行を雇うという選択肢が入ってくる。一生バリバリと働いて稼ぎ、家事全般は誰かに任せる、そんな結婚像を理想としている。結婚したくても自分を曲げる必要はない、そんな気持ちにさせてくれる。

いい奥さんではなく、魔法使いになりたい

 一方で、ともこは料理が特に上手で、その他家事全般が得意な女性だ。あいこが帰宅すると美味しそうな料理が机に並び、お風呂のお湯まで溜まっている。誰だってこんな人が一緒に暮らしてくれたら楽だろう。

 そんなともこには「いいお母さんになれるよ」「いい奥さんになれるよ」といった言葉をかける人が多くいる。家事のスキルは、性別に関係がないはずなのに、結婚や恋愛と結びつけられがちだ。しかし、いわゆる「女子力」が高いとされるともこは、恋愛に興味もなければ、結婚願望もない。「「普通」とか「そういうもん」って言葉大っ嫌い!」と語り、世間一般のルートにはめられることに抵抗する。

 いい奥さんや母としてではなく、誰かの心の栄養を満たせるような「魔法使い」になりたいというともこには、共感する人も多いのではないだろうか。あいことの暮らしにおいて、ともこはまさに魔法使いだ。結婚や子どもだけが幸せではない、明日を楽しく生きようとするともこの描写は、若い女性にとって将来の選択肢の幅を広げてくれるものとなるだろう。

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