2021年、小説を読む人が増えた? 上半期ベストセラーで小説が占める割合が増加
文芸ランキング単体に話をうつすと、年間で2冊もランクインしている東野圭吾の衰えない人気ぶりは、さすがというほかない。とくに3位『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は、2020年11月に刊行されたにもかかわらず、すでにコロナ禍の情勢が反映されていたことも、話題を集めた理由だろう。
名もなき町に、大ヒット漫画の主人公が住む家を再現することで集客を狙う起死回生の計画が、コロナ禍のせいで頓挫してしまうという設定はあまりにリアル。なのだが、そんな町で起きた謎だらけの殺人事件を魔術師が解決しようとするという、ずいぶんと突飛な話でもある。現実を映し出すような描写に共感しながら、現実では決して味わえないスリルと興奮を味わい、ひとときの心の逃げ場となるのが小説のおもしろさ。コロナ禍をエンターテインメントに昇華するという難技を成し遂げた本作をまだ読んでいない人は、緊急事態宣言中の今、手に取ってみるのもいいのでは。
9位にランクインしたのは、ちょっと変わり種。1月に公開された映画『花束みたいな恋をした』のノベライズ作品だ。ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』で話題沸騰中の脚本家・坂元裕二がはじめて手掛けたオリジナル映画で、菅田将暉・有村架純をあてがきして書き下ろしたという。コロナ禍にあってなかなか映画の興行収入もふるわないなか、30億円をこえるという大快挙。
井の頭線の終電を逃して知り合った男女の過ごした“人生最高の5年間”を描きだすラブストーリーだが、シンプルなあらすじとなにげない会話のなかに得も言われぬ情感を醸し出すのが坂元裕二の妙。小説でいうところの行間の余韻が、画面いっぱいに溢れているのである。『大豆田とわ子~』でもその研ぎ澄まされた言葉えらびと会話に仕込まれた伏線で観る者を虜にしているが、映画館に行くのはためらわれたという人もぜひ、ノベライズで追体験してみてほしい。
■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行う。