井上芳雄インタビュー【前編】

井上芳雄が語る、独自のミュージカルのガイドブックを作った理由 「偏りはあっても僕の見方が伝わればいい」

『エリザベート』成功の理由の1つは……

――この本では、宝塚歌劇団によって日本で初上演されてから今年で25周年を迎えた『エリザベート』が、2000年に東宝で初めて上演された際、ルドルフ役(皇太子。主人公のオーストリア王妃エリザベートの息子)に選ばれ、井上さんがデビューした経緯が書かれています。東京芸術大学音楽学部声楽科に在学中、宝塚で同作を演出した小池修一郎氏の講義を受けたことをきっかけに、同じく小池氏が演出する東宝版『エリザベート』のオーディションに参加し、役を手にしたわけですが、課題曲は「ミルク」だったとか。これはルドルフではなくルキーニ(狂言回しの役割。東宝版初演では高嶋政宏)の曲ですよね。

井上:そうなんですけど、コーラスがたくさんある曲なのでアンサンブル(本書巻末のミュージカル用語集によると「役名のない登場人物。1人が何役も演じることもある」)のオーディションの曲だったんです。ルドルフという役は前半出てこないんですが、初舞台だしそれでは緊張するだろうと配慮されて「ミルク」を歌う群衆の1人で出ていたんです。ほかの数シーンにも僕は出ていましたけど、それは舞台に慣れるためで僕の後にルドルフを演じた人もそうです。

――なるほど、そうだったんですね。日本で人気の演目になった『エリザベート』は繰り返し上演され、井上さんは後にトート(「死」。エリザベートを愛する死神的存在)も演じています。ウィーン発のミュージカルである同作は英語圏では上演されていないそうですね。

井上:ウィーン・ミュージカル自体が英語圏で成功していないんです。オーストリアなどの史実をもとにした演目が多いんですが、アメリカ人はヨーロッパの歴史にそこまで興味がないのかもしれません。下手したら歴史の授業みたいになっちゃう題材ですが、『エリザベート』のミヒャエル・クンツェ(脚本・作詞)&シルヴェスター・リーヴァイ(作曲)は、トートのような存在や狂言回しなどを登場させ、『モーツァルト!』もそうですけど、いろいろな趣向を入れています。物語のフォーカスのあてかたがたぶんブロードウェイと違うんでしょうけど、逆に僕たち日本人はそれが好きなんだと思います。

――私は井上さんがルドルフ役の時とトート役の時に拝見しましたが、DVDで観たウィーン版とより耽美的な小池演出は異なるし、K-ポップ・スター的にトートを短髪で演じた韓国版ともイメージがかなり違いました。

井上:その国の文化を反映しているところはあるので、小池先生が独自の日本版といっていい『エリザベート』を作ったのが、成功の理由の1つだと思います。

ミュージカル俳優は、半分アスリート?

――いろいろ演じてきた経験談で興味深かったのは、コメディの主役の大変さです。観客には軽々とやっているように感じられても、実はシリアスな役以上に負担が大きいという。

井上:ミュージカル俳優って歌いながら踊るから半分アスリートみたいなところがあって、凄い運動量なんです。だから、若い人が活躍する場が多い。昔ながらのミュージカル・コメディの場合、主役が出ずっぱりのものが多いから本当に体力勝負みたいなところがあります。僕はミュージカルをやりたかったとはいえ、そんなに体を動かしたいとか鍛えているタイプではなかったから、やりながらミュージカル用の体力をつけていく感じでした。

――今は筋トレなどは。

井上:まぁ、時間があればジムへ行ったりしますけど、基本的に全然好きじゃないというか、しょうがないから動かしてる(笑)。まず歌が好きなところから始まったので、体を動かすのは大変です。

――ダブルキャストの稽古の大変さも書かれていますね。

井上:僕がミュージカルを見始めた頃は『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』くらいで、ダブルキャストなんてほとんどありませんでした。逆に今は、ある程度大きい作品はダブルキャストじゃないほうが珍しいくらい。体力的な負担の問題もあるでしょうけど、一番は何回もリピートで観劇してもらうためですし、今は当たり前になっていますね。

後編につづく【プレゼント企画あり】

書籍情報

『井上芳雄のミュージカル案内』(SB新書)
著者:井上芳雄
出版社:SBクリエイティブ
販売未定
https://www.sbcr.jp/product/4815608187/

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