九龍ジョーが語る、伝統芸能の“革新性” 「そもそも歌舞伎は、他ジャンルの要素を貪欲に取り入れてきた」

コロナ禍で実感した伝統芸能の柔軟な対応力

――伝統の変化について別の視点からお聞きしたいのですが、伝統演目の中には、差別的表現やジェンダー表象など、現代の価値観に合わないものもあると思います。そういったものに対して今の伝統芸能はどうアプローチしているのでしょうか。

九龍:実際に演者も現代人なので、考え方も少しずつ変わっていると思います。ただ、昔の演目を見る時には、今とは価値観が違うことを念頭に置いておく必要はあるでしょうね。そこはなんでも変えればいいということではないと思うんです。古典を現代に合わせて少しずつ変えていくやり方もありますが、それ以上に、現代にフィットする新作を生み出していくことが重要だと思います。

――落語については新作落語を作る人も多いと思いますが、これはやはり今の価値観に合わせたものを出そうということなのでしょうか。

九龍:そこは、単純に本人たちの「面白いネタを作りたい」という気持ちのほうが大きいと思います。例えば、最近は女流の落語家さんも増えています、彼女たちが作る新作落語には女性目線がすでに含まれてますから、ことさらに女性の立場を打ち出そうと思っているわけではないと感じられます。ジャンルにおける演者のジェンダーバランスが変われば、内容も自然と変化していきますし、現代の価値観に沿ったものになっていくと思うんですよ。

 女性の担い手という点では、最近では例えば能のシテ方に女性が増えてきています。直接繋がっているわけではないですが、背景として、若い女性で能を習っている人がけっこういるんです。社会人で月謝を払って。フィットネスと同じように、精神的な健康管理に能がいいのかもしれない。あと、浪曲や講談の世界は、演者に女性の比率がとても高いです。

――変化という点では、今年のコロナ禍に伝統芸能の方々はどのように対応したのでしょうか。九龍さんはコロナ禍でYouTubeチャンネル『歌舞伎ましょう』などの立ち上げに関わっておられますが。

九龍:歌舞伎で言えば、興行主は松竹ですが、歌舞伎俳優の多くは個人事業主なんですね。ですから舞台がないのは死活問題なんです。それでも俳優はまだ舞台以外の活動のニーズを掘り起こすこともできなくはない。より深刻なのは、舞台に関わる裏方さんたちですよね。歌舞伎なら演奏者、小道具・大道具、衣裳、床山など裏で支えている人がたくさんいます。例えば松本幸四郎さんが「図夢(ズーム)歌舞伎)」を始められたのは、彼らに仕事を供給することまで視野に入っていて、尊い志だと思いました。

 配信という意味では、俳優主導のYouTubeチャンネル『歌舞伎ましょう』も、手探りですけど、歌舞伎の魅力を伝える新しいメディアとして認知され始めています。私は中村壱太郎さんのYouTubeチャンネルもお手伝いしていますが、彼が中心となって作り上げた「ART歌舞伎」もこの時期だからできる画期的な配信公演でした。

――文學界2021年1月号の九龍さんと松本幸四郎さんの対談の中で、幸四郎さんは「図夢歌舞伎」は100年続くものだと思ってやっているとおっしゃっていますね。

九龍:つまり、いまだけの緊急避難的なものではないということですよね。配信を使った公演は、コロナがあってもなくても、いずれ誰かがやるべき運命にあったと思うんです。いまのテクノロジーの進化するスピードを考えれば、100年と言わずとも、10年後、ネットを介した観劇スタイルがないと考えるほうが不自然です。「図夢歌舞伎」について言えば、たまたまZoomでしたけど、役者たちが別々の場所にいながら共演するということに意味があった。これが可能ならば、海外にいる人とだって共演できるわけです。今は技術的な問題など課題もありますが、将来的にはそれが当たり前になっているかもしれない。ここで歴史的な一歩を踏み出せたのはすごく大きなことだと思います。

――ネット配信は緊急事態における代替品ではなく、新しい芸のあり方の模索なのだということですね。

九龍:そこが重要です。文楽や歌舞伎の演目で『仮名手本忠臣蔵』というものがあります。これは江戸時代に実際に起きた赤穂浪士の仇討ち事件を下敷きにしていますが、当時の幕府は武士階級の絡んだ政治的事件について脚色することを禁じていましたから、舞台を室町時代の太平記の世界に置き換えているんですね。言ってみれば、緊急避難的な対処です。でも、結果的に数百年にわたって演じられ続けている作品が生まれた。

 最初にお話しした「革命は伝統芸能の四文字に含まれる」という意味はこういうことなんです。為政者に振り回され、天災の打ちのめされ、戦争などをくぐり抜けながら、そのつど変化しながら、伝統芸能はここまで生き残ってきた。

 2020年は世界全体が大変なことになりましたし、コロナなんてなかったほうがいいに決まっています。けれど、この未曾有の事態だからこそ、伝統とは変わっていくものだということを肌身で実感できました。いまここで見ていることが、そのまま歴史なんですね。ぜひ多くの人に見てほしいと思うんです。

■書籍情報
『伝統芸能の革命児たち』
九龍ジョー
定価:本体1,500円+税
発売日:2020年11月20日
出版社:文藝春秋
公式サイト:https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163912998

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