『チェンソーマン』漫画史に残る壮絶な描写とは? 最新刊は前人未到の領域へ

 連載の時は一話一話(あるいは1コマ1コマ)という「点」で理解していたことが単行本になるとつながった線となって全貌が見えてくるものだが、その時に漫画全体の印象がガラッと変わるのだ。それは、「銃の悪魔」の登場シーンにも言えることだ。

 今まで謎だった正体が「支配の悪魔」だと判明した公安対魔特異4課のリーダー・マキマを倒すため、アメリカ大統領によって「銃の悪魔」が日本へ送り込まれる。「挙動記録」と称して、秋田県にかほ市沖合に現れた「銃の悪魔」の能力発動によって命を落とした死者の名前が誌面を覆い尽くす場面は、漫画史に残る壮絶な描写である。

 このシーン、連載時は衝撃的なビジュアルにただただ圧倒されたが、改めてこの場面を読んだ時に思い出すのは、東日本大震災の時にビートたけしが語った言葉だ。当時、たけしは震災を「2万人が死んだ一つの事件」ではなく「1人が死んだ事件が2万件あった」と考え、その1人1人の死に対して家族や友人が悲しみ深い傷になったと考えないと、被害者のことは理解できないと語っていたが、ここで藤本タツキが描いたことも、犠牲となった一人一人の姿だ。

 『チェンソーマン』で描かれる唐突な死や日常が容赦なく奪われる姿が露悪趣味で終わらないのは、作者が死を厳粛なものとして受け止めた上で、死者の尊厳が踏みにじられる痛みを描いているからだ。それは、マキマが「銃の悪魔」と戦う際に(アキも含めた)今まで殺された魔人、悪魔、デビルハンターの遺体を用いて、彼らの能力を利用する場面や「銃の悪魔」に死体を乗っ取られたアキがデンジとパワーの元に戻ってくる哀しい描写に現れている。

 最終的にアキはデンジによって倒され(デンジにとって)「最悪の死に方」をする。魔人化したアキの意識は幼少期に戻り、デンジとの戦いは、雪合戦で楽しく遊んでいるイメージに変換されていた。そのことだけが唯一の救いである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『チェンソーマン』既刊9巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/chainsaw.html

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