矢沢あい『天使なんかじゃない』から『NANA』への道筋 「りぼん」脱却で見出した作家性とは?
矢沢あいが描く女性の主体性・客体性
『NANA』のヒット要因として物語構造の特徴も挙げられるだろう。ダブルヒロインのうち大崎ナナを「女性の主体」、小松奈々を「男性の客体」として描き、お互いの不足した部分を支え合いながら、仕事と結婚、主客両方の夢を実現させていくストーリーは、働く世の女性の心を打った。
安野モヨコが「女子力」という言葉を使って仕事と女性の美の両立を訴えたのが2001年の事だ。このキャッチフレーズは09年にユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされ、00年代の女性の合言葉になった。
『NANA』はそうした時代の潮流を先取りし、作品に落とし込んでいた。矢沢あいが『ご近所物語』や『Paradise Kiss』から通じて発信し続けたメッセージは、主体性を発揮した女性への励ましの言葉に、時には叱咤となって、当時の世相にぴったりマッチしたのだった。
現在、女性の漫画家の活躍の場は少女漫画誌には留まらない。前述の安野モヨコをはじめ、羽海野チカ、東村アキコなど、男性漫画誌で活躍する作家の名前を挙げていけばキリが無い。
矢沢あいも少女漫画の枠組みから外れた頃から、既に少女漫画家ではなく、1人の漫画家として大成していった。己を貫いた作者自身の生き方が、主客の両立に努める女性の生き方を象徴していると言えよう。
2020年1月、療養中の矢沢が「スペースチャンネル5」の20周年記念の祝いにイラストを寄せていた。『あの夏』でのデビューから35年、駆け足で昇ってきた階段を、今はゆっくりと進んで欲しい。
■井上郁
言語学者、フリーライター。英文学・言語学・メディア記号論を専攻。マンガ・アニメ・ゲームを総合文化研究の俎上に載せ、記号論の観点から考察しています。
■書籍情報
『NANA(1)』
矢沢あい 著
価格:440円(本体)+税
出版社:集英社
公式サイト