ピッコマで大人気『盗掘王』に見る、日中韓の「盗掘」観の違いとは?
中国盗墓小説と『盗掘王』の差異
では『盗掘王』は中国盗墓小説の影響を受けて書かれた作品なのか? と言えば、どうもそうではないようだ。
『盗掘王』は韓国ウェブ小説/ウェブトゥーンでは数少ない盗掘ものの人気作品だ。韓国では盗墓ものはジャンルとして存在しておらず、中国の盗墓ものが翻訳を通じて人気に、ということもないという。
興味深いことに、相互影響関係なく独立して、似て非なる人気作品が生まれた、ということらしい。(異世界転生・転移ものが東アジア各国でそれぞれ影響関係なしに人気ジャンルとして存在していることに比べればマイナーな出来事ではあるが)
ただ、『盗掘王』は『鬼吹灯』をはじめとする盗墓小説とは物語のパターンが異なる。
朱の論文によると、盗墓小説の主人公は、はじめ盗掘に消極的だし、お金に対してグリーディでもない。だが、やむにやまれぬ事情に巻き込まれて盗掘を始める。金銭目的というよりインディ・ジョーンズ的な未知の秘宝を求めての冒険という色彩が強い。しかも、基本的に盗掘者が入る墓は中国国内のもの(実在の土地と虚構の墓をうまく組み合わせた設定になっている)に限られる。
一方『盗掘王』は最初から盗掘目的だし、世界各地に出現した巨大な墓に侵入して遺物を手に入れていく。主人公は闇墜ちしたインディ・ジョーンズ、といった趣だ。
では日本はといえば、周知のように盗墓・盗掘ものジャンルは韓国同様、ほぼ人気がない。「小説家になろう」発で「盗掘もの」として書籍化された作品はおそらく存在しないだろう。
中国では盗墓の人気作品が無数にあり、韓国は1つあり、日本にはない。
その背景には古墳の盗掘自体は韓国や日本でもあったが、中国ほどではない(そもそも墓の数や規模が違いすぎる)という違いもあるだろうし、ざっくり言うと道教、儒教、仏教と埋葬スタイルが違うことによる墓荒らしに対する禁忌度合いの差もあるのかもしれない。
日本でも韓国でも『盗掘王』のことを読者は盗掘ジャンルというより、いわゆる主人公最強もの(俺TUEEE)として受容されていると思う――のだが、おもしろいことに、『盗掘王』は2020年5月21日から中国のBilibiliでも配信を開始し、連載初日からランキング第1位になるなど注目作品になっている。
盗墓ものとしては異質な作品が、盗墓ものの本拠地で受け入れられたのだ。
これまではマンガやウェブ小説に関して、日本と韓国、中国は相互影響関係がそれほどない状態でつくられ、それでも共通点を持つ作品/ジャンルが生まれてきたが、おそらく2020年代には東アジアのポップカルチャーはもっと気軽に流通し合うようになり、混淆していくだろう。
もちろんそこには東アジア間だけでなく、中国盗墓小説も『盗掘王』もそれぞれインディ・ジョーンズ的なハリウッド式の冒険ものからの影響を独自のフィルターを通して昇華しているように、北米圏のエンタメをどう咀嚼するか――その課程で国・地域ごとの違いがまた生まれる――という点も引き続き存在する。
隣国のエンタメに触れながら似ているところや差異を見つけることが、また楽しいのだ。
日本では『盗掘王』は日本語で読めても、『鬼吹灯』など中国盗墓ものが小説、マンガ、ドラマいずれでも翻訳で楽しめる環境にないので気軽に見比べ/読み比べできないのが残念だが、『盗掘王』だけでもぜひこの夏休み、お盆シーズンにバチ当たりな墓荒らしの物語に触れてみてもらいたい。
■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。