『鬼滅の刃』小説版も好調な理由 作劇方法との相性のよさから考察
原作・吾峠呼世晴、著・矢島稜による小説版『鬼滅の刃』(第1弾「しあわせの花」、第2弾「片羽の蝶」/JUMP j BOOKS)は、2019年、20年に日本でもっとも売れた小説シリーズだろう。
2020年5月に発表された第2回こどもの本総選挙でも、小学生が選んだ本ランキングとして唯一、第1回のベスト10にランクインしていなかった本・シリーズとしてランクインしたのが、この『鬼滅の刃』の小説版だった。
もうひとつ、原作の流れに沿って小説化した集英社みらい文庫版の『鬼滅の刃 ノベライズ』シリーズもあるが、矢島/j BOOKS版は、本編では描かれなかったエピソードを描く公式スピンオフの短編集だ。
j BOOKSでは原作者、マンガと小説の編集者、小説家が一体となって、ファンに喜んでもらえる作品づくりを徹底しているが、『鬼滅の刃』はどうか?
同日発売のコミックス21巻と合わせて読みたい
7月に刊行されたノベライズ第3弾『鬼滅の刃 風の道しるべ』では、まず同月発売のコミックス21巻の読者が続けて(または先に)読むと、感情がより喚起される内容になっている。
『風の道しるべ』には5編の短編小説が収録されているが、冒頭の作品「風の道しるべ」は、鬼殺隊の"風柱"となる以前の不死川実弥と、彼を鬼殺隊へと導いた隊士・粂野匡近の出会いから別れまでを描く。実弥と粂野の関係についてはコミックス19巻でわずかに描かれていたが、そこを掘り下げている。21巻では実弥とその弟・玄弥の涙なしには読めないやりとりが描かれるが、実弥が玄弥についてどんな想いを抱いているのかが「風の道しるべ」ではより詳しく書かれ、また、粂野との関係を背負って戦っていたということが、やはりコミックスを読むだけ以上に、よりわかる。
原作では、宿敵・鬼舞辻無惨の屋敷に鬼殺隊が突入し、無惨直属の上弦、下弦の鬼たちとの戦いが始まると、物語の速度を削がないように回想シーンは展開上、あるいは作品のテーマ上、絶対に語っておかねばならない最低限のものに絞られている印象があるが、とはいえ本編で描ききれなかった各人の想いや関係性、過去がある。
今回のノベライズではほかに、やはり19巻から描かれている上弦の壱との戦いに参加している"霞柱"時透無一郎の名前の「無」に込められた意味と兄弟関係(21巻でやはりわずかに描かれる)を深掘りした「明日の約束」、19巻で上弦の弐と決する"蟲柱"胡蝶しのぶの継子である、粟花落カナヲら蝶屋敷の住人と伊之助(16巻での修行シーンなどと同様、好物の天麩羅を食べたがる!笑)を描いた「花と獣」が、同日発売コミックスと合わせて読むと印象深いものになっている。
『鬼滅の刃』の軽妙なやりとりを補充できる
ほかに鬼殺隊を支える刀鍛冶たちにフォーカスを当てたコミカルな「鋼鍼塚蛍のお見合い」と、学園ものスピンオフ「中高一貫☆キメツ学園物語!!~ミッドナイトパレード~」を収録。「キメツ学園」は原作コミックスでオマケ的に描かれていたキャラ設定を小説で膨らませたもので、ノベライズ1巻から1編ずつ書かれている。
「キメツ学園では」本編では死んでしまったキャラクターも元気いっぱいにバカをやってくれる。『鬼滅の刃』のおもしろさは炭治郎や伊之助、我妻善逸らによるゆるい掛け合いにもあるが、本編が終盤に向かい、シリアス度を増すほどそういう楽しみは必然的に減ってしまっていたから、和やかな世界が嬉しい。本編でももしも平和だったなら、こんな日常もあったのかな、と思わせてくれる。