『鬼滅の刃』ロスに効く、退魔の物語3選 『筺底のエルピス』『Cocoon 修羅の目覚め』『錆喰いビスコ』
人を喰う鬼たちを相手に、刀を振るい戦う鬼殺隊の活躍に魅了された吾峠呼世晴のマンガ『鬼滅の刃』。ライトノベルやエンターテインメント小説でも同様に、人の心を惑わして殺戮へと駆り立てる“鬼”や“悪魔”を探し出し、滅ぼしていく退魔の物語がいくつも書かれている。
異能を操り鬼を封じる戦士たち『筺底のエルピス』
2014年から刊行中のオキシタケヒコ『筺底(はこぞこ)のエルピス』(ガガガ文庫)シリーズもそのひとつ。人類に害をなす鬼を相手に、封伐員と呼ばれる異能の持ち主たちが挑むストーリーには、『鬼滅の刃』から感じられたバトルものの面白さが詰まっている。加えて『筺底のエルピス』は、第3回創元SF短編賞で優秀賞を獲得した作者らしく、宇宙人や異次元といった概念が絡み、時間移動という設定も入った本格SFとしても楽しめる。
鬼という存在が、昔話に出てくるようなモンスターとは違っている点が『筺底のエルピス』の特徴だ。『鬼滅の刃』では、鬼舞辻無惨が血を分け与ると人間が鬼になったが、『筺底のエルピス』で人間を鬼や悪魔に変えてしまうのは、異次元で発生して地球へとやって来た殺戮因果連鎖憑依体と呼ばれるもの。これに取り憑かれた者は、同族を殺さなくてはいけないという強い衝動に襲われ殺戮を始める。
首を切ったり日光を浴びせたりしなくても、バラバラに刻めば鬼は倒せる。だが、殺戮因果連鎖憑依体は宿主を倒した人間に乗り移り、新たな鬼を生み出して殺戮を続けさせる。人間たちはこの殺戮因果連鎖憑依体と戦うため、世界各地に組織を作った。
日本には、宮内庁の管轄下に《門部》という名の組織が置かれた。スカウトしてきた人間に、改造眼球《天眼》を与え、時を自在に止める停時フィールドの能力も使えるようにして、鬼との戦いに送り込んでいた。まさに鬼殺隊。そこで竈門炭治郎のような主人公に当たるのが百刈圭(ももかり けい)という青年で、炭治郎と同じように家族を鬼に殺されたのをきかっけに《門部》に入った。
『鬼滅の刃』では、呼吸法や型の違いが剣士たちの戦い方に特色を与える。『筺底のエルピス』では、停時フィールドという異能の違いが封伐員たちの戦い方を変える。圭は3秒間だけ対象の時間を完全停止させる《朧箱》という力を使う。同僚の乾叶(いぬい かなえ)という少女は、何でも切り裂く刀《蝉丸》を作りだして振るう。戦いの場面では、誰の力なら敵を上回れるのかといった能力の相性や、戦い方を考えながら読む楽しみがある。
そんな2人の前に、とてつもない難敵が現れた。有史以来、6体しか現れていない《白鬼》だ。何百万何千万人という大量殺戮の原因になったと見なされている鬼で、絶対に倒さなくてはならなかったが、その《白鬼》に憑依されたのが、叶の親友の少女だったことから、2人は少女を生かしたまま《白鬼》も倒す方法はないのかを追い求める。鬼になった妹の禰豆子を、人間に戻す方法を探しながら鬼と戦う炭治郎のような葛藤が浮かぶ展開だ。
もっとも、世界は鬼殺隊のお館様や柱たちのようには優しくはない。バチカンに本拠を置いて殺戮因果連鎖憑依体と戦っている《ゲオルギウス会》は、《白鬼》の即時滅殺を求めて《門部》と対立する。北米に拠点を置き、不死身の軍団を繰り出して戦っている組織《i》も蠢動。目的は同じでも、方針の違いから対立する組織が送り込んでくる戦士たちによって、《門部》の封伐員たちがひとりまたひとりと倒されていく。
主人公の圭すらも討たれ《門部》全滅といった状況に陥りながらも、驚くしかない展開で物語が再開されて、第6巻まで来たシリーズ。最新刊『筺底のエルピス6 ―四百億の昼と夜―』のサブタイトルが意味する内容から、想像を絶する長い時間、鬼と人類との戦いが繰り返され続けていたことが分かる。そうした設定に驚き、バトルシーンの迫力に感嘆し、近づくクライマックスの興奮をリアルタイムで堪能するために、今から追いかけて損はない。