『鬼滅の刃』鬼殺隊はなぜ“日輪刀”を武器にする必要があったのか? 刀鍛冶たちの誇りと情熱

 本稿では、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の主人公たちの使う武器が、なぜ日本刀(日輪刀)でなければならないのか、ということを書こうと思っているのだが、その前に「鬼」についての話をしたい。

 「鬼」という言葉を聞いて、あなたがいまパッと思い浮かべたのはどういうイメージだろうか。おそらくは、頭に角が生えた筋骨たくましい人型(ひとがた)の怪物のビジュアルではないだろうか。そう――この、普段は山奥や孤島に隠れ住み、時おり人里に現れては悪事を働く(あるいは地獄で罪人を懲らしめる)想像上の怪物のことを、多くの人々は「鬼」だと思っていることだろう。無論、それは間違いではない。ただひとつ補足することがあるとすれば、その角が生えた人型の怪物は、あくまでも狭義の「鬼」であり、広義の「鬼」は「妖怪」という言葉に置き換えられる、ということだろうか。つまり「鬼」とは、広い意味では「人外の怪物」の総称でもあるのだ。たとえば「百鬼夜行」という言葉が、「さまざまな妖怪の群れ」を意味することからもそれはうかがえるだろうし、『鬼滅の刃』の作者が描いているのも、基本的にはこの広義の「鬼」だと考えていい。

 そしてもうひとつ。歴史をひもとけば、いま述べた想像上の怪物(妖怪)だけでなく、実在の人間でありながら「鬼」と呼ばれた人たちもいる(こちらは「オニ」と書くべきかもしれないので、以下、カタカナで表記する)。この場合の「オニ」とは、具体的にいえば、「山の民」と「特殊な技能を持った者」(この2つは重なり合う場合が少なくない)、あるいは、「中央の政権の支配に抵抗した人々」のことである。

「刀鍛冶の里」で暮らす名匠たち=「オニ」

 とりわけ『鬼滅の刃』を読み解くうえで注目すべきなのは、「特殊な技能を持った者」ということになるだろう。ここでいう「技能」とは、おもに金属を鍛錬する技――「鍛冶」のことだと考えていい。そしてその技を持った鍛冶師には当然、刀鍛冶も含まれる。そう、大量の火を操り、鋼(はがね)の塊から強靭な日本刀を作ることのできる彼らは、常人にはない不思議な力を持った異能者――まさに「オニ」であった。

 「毒をもって毒を制す」という言葉があるが、「オニ」が作った武器だから「鬼」を退治することができる、という原理がここに成り立つわけである。たとえば、鬼退治といえば、大江山の酒呑童子を討伐した源頼光が有名だが、彼は「鬚切」と「膝丸」という源氏の宝刀を2本所持していた。「鬚切」は鬼の腕、「膝丸」は蜘蛛の変化(へんげ)を斬ったという伝説があり(注・「鬚切」で鬼の腕を斬ったのは頼光ではなく配下の渡辺綱)、それが――つまり、魔物の血を吸ったことが、これらの宝刀の霊力をさらに高めたといっていいだろう。のちに「鬚切」は「鬼切」、「膝丸」は「蜘蛛切」と名を改めることになるのだが、いずれにせよ、この2本の刀についても、「オニ」が作り、「鬼」の血を吸ったから「鬼」を斬ることができる、という原理が成り立つわけである。

 そしてこの原理は、『鬼滅の刃』に出てくる鬼殺隊の剣士たちの武器――「日輪刀」の設定にもそのまま活かされている。そう、同作では、「刀鍛冶の里」で暮らす名匠たち=「オニ」が、太陽に最も近い山「陽光山」の砂鉄と鉱石を原料にして鍛えた日輪刀だからこそ、鬼舞辻󠄀無惨配下の「鬼」たちを斬ることができる、という原理のもとに「鬼狩り」が行われるのだ(注・陽光は鬼の弱点のひとつ)。ただしその刀の使い手たちは、「育手(そだて)」のもとでそれぞれの「呼吸法」を体得せねばならず、そういう意味では刀鍛冶だけでなく、剣士たちにも人間の潜在能力を極限まで高めた「オニ」になることが求められているといえるだろう(余談だが、「上弦の鬼」の黒死牟や獪岳は、自らの心の闇に負けて、「オニ」ではなく「鬼」になってしまった悲しい剣士たちである)。

※以下、ネタバレあり

 それにしても、あらためて『鬼滅の刃』を読み返してみて気づかされるのは、“お館様”を頂点とする鬼殺隊という組織の構造が、末端までとてもよく考えられていることだ。前線で戦う剣士たちを支える「隠(カクシ)」や「育手」の存在はもちろんだが、なかでも読者の心に強く残るのは、日輪刀を鍛える刀鍛冶たちの生きざまではないだろうか。特に単行本の12巻から15巻にかけては、鬼殺隊と上弦の鬼との戦いと併行して、刀鍛冶の仕事に対する誇りと情熱が描かれている。

『鬼滅の刃(12)』表紙

 これは12巻でのエピソードだが、担当の刀鍛冶・鋼鐵塚蛍の所在がわからないため、「刀鍛冶の里」を訪れていた主人公の竈門炭治郎は、そこで「柱」(鬼殺隊剣士の最高位)のひとりである時透無一郎と出会う。無一郎は冷たく言い放つ。「刀鍛冶は戦えない。人の命を救えない。武器を作るしか能がないから」。だがこの言葉に対して、炭治郎は「刀鍛冶は重要で大事な仕事です。剣士とは別の凄い技術を持った人たちだ。だって実際、刀を打ってもらえなかったら、俺たち何もできないですよね? 剣士と刀鍛冶はお互いがお互いを必要としています。戦っているのはどちらも同じです」と反論するのだった。

 このやり取りを木の影で聞いていた鋼鐡塚は発奮し、炭治郎のために、渾身の力で、戦闘用絡繰(からくり)人形から発見された錆びた名刀を甦らせようとするのだが、この研磨の様子が壮絶だ。一心不乱に刀を研いでいた鋼鐡塚に上弦の鬼(玉壺)が襲いかかるのだが、彼は、その攻撃を受けて血を流しながらも、作業の手を止めようとはしない。というか、目の前の刀を研磨する作業に没頭するあまり、片目を潰されても鬼の存在に気づかない。その様子を見て玉壺はさらに逆上するのだが、この刀に対する執念はまさに「オニ」そのものだと言っていいだろう。

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