わたせせいぞうが描く、“青い空”の意味とは? 80年代カラーコミックの傑作『ハートカクテル』の功績

 さて、そんなわたせせいぞうの新刊が、先ごろ出た。タイトルは『ハートカクテル ルネサンス』。といっても別に前述の『モーニング』連載作の続編ではなく、近年、複数の媒体で発表されたレアな短編や連作が収録された作品集だ。もちろん、本書に収録された作品もオールカラーで、現代(いま)を生きる男女のさまざまな恋愛模様が描かれている。

 注目すべきは2点。まずは、近年のわたせ作品で時おり見られるようになった「和」のテイストだ。もともと80年代のわたせの漫画では、オールディーズやジャズが似合う西海岸風の街が舞台になることが多かったのだが、本作に収録された作品のいくつかは具体的な日本の街を舞台にしており、満開の桜や銀杏(いちょう)の紅葉など、そこで描かれている四季の「画(え)」が本当に美しい。そしてもうひとつの注目すべき点は当然「色」についてなのだが、現在のわたせは手塗りをやめ、おもにCGで着色しているようだ(昔ながらのファンのあいだでは賛否両論あるかもしれないが、個人的には、CGを使うことでわたせの都会的なセンスがより洗練されたと思っている)。ただし前述の江口寿史との対談によると、空の部分だけは、いまでもここぞという場面では色指定で着色することが少なくないらしい[注]。

[注]これはあくまでもわたせが前述の対談で語っている近年の着色のスタイルのひとつであり、本書『ハートカクテル ルネサンス』に収録されている作品が入稿時に色指定を併用しているかどうかは不明(筆者)

 それにしてもなぜ、わたせはそこまで空の表現にこだわるのか。ひとつは、先に書いたように突き抜けた“開放感”を描きたいということがあるだろう。そしてもうひとつ。いま、この瞬間も、世界のどこかで、いくつもの恋が始まったり終わったりしているはずだ。もちろん、その恋人たちの頭上では、彼らを包み込むようにして雄大な空がひろがっている。だからもしかしたら、わたせせいぞうの漫画における空というものは、世界中にいる無数の恋人たちを見守る作者の温かい眼差しを表象しているのだ、というのはいささか強引な結論だろうか。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『ハートカクテル ルネサンス』
わたせせいぞう 著
価格:2,700円+税
出版社: 小学館クリエイティブ
公式サイト

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