チャラ男は本当にどこにでもいるーー会社員たちの共感を呼ぶ、絲山秋子『御社のチャラ男』を読んで

「あー、いるいる。こんな人」

 思わず首をブンブンと縦に振りそうになる。「新世紀最高“会社員”小説」という帯のフレーズ通り、これほど会社で働く人々にとって共感度が高い小説はないだろう。ただ共感するだけでなく、著者・絲山秋子の人間観察力と、現代社会を見据える、鋭い洞察力に圧倒される。

 「ジョルジュ食品」という、とある地方都市の小さな会社。個性的でありながらどの会社にも一人はいそうな要素を持ったキャラクターたちを乗せて「漂流する筏」。登場人物の誰かに感情移入するというよりも、ちょっと俯瞰して観察することができるこの本は、まさに自分たちが生きている「今」を映す鏡である。

 まず、注目すべきはいつまで見ていても飽きないこの装丁だ。タイトル文字のポコポコとした可愛らしい感触、不思議な形状に興味をそそられる、タイル張りの壁に貼られている、筏を模した図面。表紙を捲った後にお目見えする、薄いピンク色の紙で設えた扉絵もとてもキュートだ。

 それもそのはず、デザインは吉田戦車『伝染るんです。』等様々な作品でブックデザインの常識を覆してきたグラフィックデザイナー・祖父江慎と、藤井瑶(コズフィッシュ)によるもの。装画はカワイハルナ、撮影は福田秀世が手がけた。こだわり抜かれた贅沢な本の質感を楽しむ時間は、疲れた心につかの間の休息を与えてくれる。

「チャラ男って、本当にどこにでもいるんです。(中略)どこに行ってもクローンみたいにそっくりなのがいます」(『御社のチャラ男』, 絲山秋子,講談社,p.14)

 どこにでもいる、チャラ男。この小説の中心に君臨する、面倒くさいけれど、どうにも憎めない、愛おしさすら感じさせる、「御社のチャラ男」こと三芳道造・44歳はその究極である。全ての言葉が何らかのコピペによって構成されている、意識高い系。暑くてもダブルのジャケット、夜なのに襟元にぶらさがっているサングラス。定期的な部署移動、席替えで無意味に社内をかき回す。努力嫌いな世渡り上手。チャラ男の内面にある女性的な一面が強みとなって、諸々のシガラミに囚われて不自由に生かされてきた男性であるにも関わらず彼を自由にしているのだという視点は言い得て妙である。

 そんなチャラ男を揶揄し、批判しながらも、本当は羨ましく妬ましい目で見つめている男たちと、チャラ男と彼を取り巻く男たちの姿を客観的に見つめ、分析している女たち。中には、その繊細さと純粋さにほだされ、舞い上がり、「チャラ男は全世界に片想いしているのだ」と不倫の恋に落ちる女性社員・一色もいる。

 この小説は、部下や上司、そして三芳自身、彼の妻の前の夫、ある女性社員の母親に至るまで多岐に及ぶ、三芳道造に関わる人々それぞれの視点による「チャラ男論」である。

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