大人目線で見る、中学受験の厳しい現実ーー『二月の勝者』の圧倒的情報量とその残酷さ

『二月の勝者』とは?

 大学受験マンガの金字塔と言えば三田紀房『ドラゴン桜』だが、中学受験を生々しく描いて注目されているのが。高瀬志帆の『二月の勝者』だ。『ビッグコミックスピリッツ』で連載中の本作は、2020年7月から日本テレビ系列にて柳楽優弥主演でテレビドラマ化が予定されている。

 奥付から本を読むマンである筆者がまず驚いたのは、巻末に記された参考文献の膨大さである。読み進めていくと、それだけでなく多数の取材に裏打ちされているであろうエグいエピソードが頻出する。読むだけで中学受験のおおよそのスケジュール、受験産業としての特徴がよくわかる、青年誌らしい密度の濃い「情報マンガ」である。

 このマンガで描かれるのは、中学受験の厳しい現実だ。東京都の小学6年生約10万人のうち約2.5万と4人に1人が中学受験するが、年間の塾代150万円を3年分払って準備しても、7割の子が第一志望には受からない。

 受験日に緊張しすぎて嘔吐し、保健室で受験する子ども、合格実績が悪いと飛ばされる塾の校長、秋口頃から子どもより先に不安とストレスに根をあげ始める親、口八丁手八丁で子どもと親を乗せて多額の受講料を巻き上げていく講師……そうした姿を描いていく。

『ドラゴン桜』の違いと類似点

 受験マンガと言っても『ドラゴン桜』とはいったい何が違うのか。

 たとえば大学受験と中学受験の違いとして、親の関与度合いが違う。受験するのが高校生ともなれば、金銭的な事情を除けば進学先は基本的には本人が決める度合いが大きいが、中学受験は違う。子どもは親の期待を背負って、親の意思で塾に通いはじめる。受験校選びにも子どもの意向がないとは言わないが親の意向、そして塾側の思惑が大きく関わる。だから必然的に『二月の勝利』では子どもの進路をめぐる親と塾との駆け引きに大きく焦点が当たっている点が、本人と教師との関係の比重が大きい『ドラゴン桜』とは異なる。

 ただ似ている点もある。主役級の教師(講師)が偽悪的・露悪的にビジネスライク、本音ベースで語り、子どもにとって味方なのかどうか、子どものことを本当に考えて行動しているのかよくわからない点だ(もっとも『ドラゴン桜』の桜木健二に関してはその疑問は比較的早く解消されるが、『二月の勝者』の黒木蔵人はその謎をかなり引っぱっている)。

 刺激の強い言葉、身も蓋もない現実を語らせないとフィクションとして面白くない半面、単に功利的な人間だと読んでいて興ざめしてしまうし、かといって早々に「本当は良いやつでした」とバラすとそのあと露悪的なことがやりづらくなる。そのあたりのバランスを見ながら進める必要がある「情報マンガ」としての性質上、このへんはどうしても似てしまっているが、決して欠点ではない。

中学受験ものとしてどんな特徴があるか?

 中学受験を題材にしたフィクションは高校受験や大学受験と比べると全国的ではなく、規模が小さいこともあって多くはない。

 筆者がすぐ思いつく作品でいえば、「ちゃお」に2012年から19年まで連載され“JSのバイブル”と言われたまいた菜穂のマンガ『12歳。』と、講談社青い鳥文庫から刊行されている藤本ひとみ(原作)、住滝良(文)の児童小説『探偵チームKZ事件ノート』がある。

 ただ『12歳。』も『KZ』も中学受験生と同年代が読む作品だ。対して『二月の勝利』は子ども(当事者)ではなく大人を中核読者とする。それゆえに子どもの描き方に違いがある。

 『12歳。』では主人公の綾瀬花日とクラスメイトのイケメン高尾優斗との恋愛模様を描いていくが、綾瀬は公立中学に進学、検事をめざす高尾は中学受験塾SAPIX(作中では「GAPIX」)の最上位クラスにいて御三家に合格、という設定だ。作中では違う中学に進学するが関係は続けていけるのかといった悩みや、綾瀬が高尾の塾仲間が休日に集まって英語で映画を観ながら勉強しているところに誘われ引け目を感じる、といった場面が描かれる。綾瀬にずっといじわるをしていた女子は希望の中学に受からず、バカにされるのがイヤで小学校の卒業式を休むが、みんなで迎えに行く、といったエピソードもある。

 『KZ』は中学受験塾に通う生徒を母体に探偵チームを作り、それぞれ得意科目のあるメンバー同士がその知識を活かしながら事件を解決していく、というミステリーだ。主人公の立花彩は国語が得意なものの全体としては決して成績上位とは言えず、受験に失敗してまったく行きたいと思っていなかった第三希望の中学に通うことになる(ところがまわりのイケメンたちには一目置かれ、モテモテなのだが)。『KZ』は中学受験生、「勉強のできる子」を肯定し、さらには彩の親への鋭い視線も描くのが特徴だ。開成を受験する成績上位の子と仲が良いと聞くと露骨に嬉しそうにする母、受験勝者で良い大学に入って良い会社に入ったはずが出世競争で苦労する父の姿を描き、「いつまで競争しなきゃいけないんだろう」とつぶやかせる。家族に対する表だった反発・反抗は描かないが、心の距離感があることはしっかり描く。

 『12歳。』や『KZ』は登場人物たちと近い年齢の読者を対象にしているため、中学受験する子どもは意志を持った存在として、家族のことは好きでも簡単に大人のいいなりにはならない存在として描く。

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