李琴峰が語る、セクシャリティとアイデンティティの揺らぎ「10年後には違う自認が生まれるかも」
「日本語が美しい言語だと思った」
ーー李さんご自身のお話も聞かせてください。そもそもなぜ日本語で小説を書こうと思ったのでしょうか。
李:もともと言語に限らず表現が好きだったんです。第一言語は中国語なので、もちろん台湾に住んでいる時には中国語で書いていました。同時に日本語も習っていて、割と初級の段階から日本語で何かを表現するというのが好きでした。日本語が美しい言語だと思ったんですね。それに、日本で生きている私の生活を書くためには、中国語だとどうしても壁ができてしまう。日本の社会、固有名詞、生活といったものは、日本語で表すのが1番ストレートです。2016年に大学院を卒業して働き始めた後に書いたのが『独り舞』という小説で、それが群像新人文学賞優秀作を受賞したので、日本語で書き続けようと思ったのです。
ーー日本語が美しい言語というのは、具体的にどういった部分に魅力を感じたのですか?
李:まず、音韻面で日本語の発音は開音節というものです。子音プラス母音が1つの組み合わせで、世界中の言語を見ると必ずしもそうではない言語が多い。中国語は閉音節というもので、子音プラス母音の後ろにさらに「n」とか「ng」といった子音がくっついてくる。子音プラス母音という開音節は、リズミカルで聞いていて心地がよく、日本語を習う以前から好きでした。疑問文になると上昇調で、そうではないときは下降調というように、イントネーションで意味が変わるのも面白かったです。
表記面のことで言うと、漢字、ひらがな、カタカナと、複数の文字種が混在していて、それがそのまま情報の密度を示しているのが魅力的でした。そういった感じが私は好きですね。中国語だと全てが漢字で、どこが情報の密度が一番高いところかが分からない。英語も全部がアルファベットで。日本語みたいに複数の文字を使い分けている言語って珍しいし、中国語とは漢字という共通項があるところも好きです。
ーー最後に、異なる文化的な背景や性的指向を持つ多様な方がいる中で、李さんが大切にしていることを教えてください。
李:相手のことを決めつけないことじゃないですかね。社会の中で私たちは、他人と出会った瞬間からいろんな先入観を持つもので、それ自体は仕方がないことだと思います。外見からも男性だと判断するし、何歳ぐらいの人なんだろう、国籍は東洋人なのか西洋人なのかと判断してしまうのは、人間の認識の問題として誰もが行なっていることで。でも、それだけでその人を分かったと思い込むのは危険なことで、この人はこういう人だと決めつけずに、相手のことをちゃんと理解しようとすることが大事だと考えています。
(取材=松田広宣/構成=渡辺彰浩/写真=林直之)
■書籍情報
『五つ数えれば三日月が』
李 琴峰 著
定価:本体1,400円+税
発売中
発売/発行:文藝春秋
李 琴峰の公式サイト:https://www.likotomi.com/