フューチャーが表現する“痛み”の源泉とは 『The Real Me』に宿る本質、脱物語化の先にある徹底したリアル
アトランタ出身のラッパー、フューチャーはサウスヒップホップ、トラップミュージックシーンの重鎮的な存在だ。
『Dirty Sprite』などを含むいくつかのミックステープで、新世代のアトランタトラップシーンで注目の存在になったフューチャーのスタイルは、時にマンブル的なフロウを覗かせながら、ダークなトラップサウンドともはやR&Bに接続しそうなメロディアスなサウンドを行き来する。そんな彼の特性を一枚に封じ込めた作品として代表作『Monster』や、純正アトランタ産トラップサウンドをパッケージした『DS2』、そして彼のフロウに溢れる歌心の解像度を高くし、バリエーションを広げたR&Bスタイルの『HNDRXX』など、いくつものヒットを記録。2018年には70年代のブラックスプロイテーション作品を、ニューヨークからアトランタに舞台を移し現代的にリメイクした映画『スーパーフライ』のサウンドトラックを手がけるなど、フューチャーは10年代を通してすっかりアトランタの顔になった。
一方で、最近では2024年に盟友メトロ・ブーミンと組んだアルバム『WE DON'T TRUST YOU』『WE STILL DON'T TRUST YOU』を立て続けに出したあと、ソロアルバム『MIXTAPE PLUTO』を発表。一年に3枚もの作品をリリースする精力的な姿勢を見せたが、『MIXTAPE PLUTO』は、同年に亡くなったDungeon Familyの創設メンバーであるリコ・ウェイドに捧げられ、ジャケットに彼の自宅兼スタジオを写す特別な意味を持った作品でもあった。初期のオルターエゴ“Pluto”を再登場させ、ミックステープ時代の感覚に戻ったようなダークなトラップサウンドが全体を支配するなかで、マンブル的なフロウで淡々と独白のようにラップをしていく本作は、どこか感情を濁流にように流しているような生々しさを持っていた。オーバードーズで大事な人を亡くした苦しみを綴った「LOST MY DOG」などを中心とするダークで退廃的なムードに統一されたこの作品は、一見散漫にも聴こえるが、その散漫な状態こそ、フューチャーの率直な感情の表現なのかもしれない。
そんななかでリリースされた2年ぶりとなるニューアルバム『The Real Me』は、これまでのフューチャーらしさを感じるような瞬間に溢れている。ソウルフルな「No Misery」や、彼らしい女性たちとの関係を綴った「California Girls」、「Build a Bitch」など。一方で、変声して新しいフロウを施行する「2018」や、ファレル・ウィリアムスがプロデュースを手がける「Alice」など、これまでのフューチャーの作品のなかでも異色な味わいのある曲も挿入され、バリエーションに溢れる。
タイトル通り、テーマは「自分自身の解体」だろう。アルバム中、楽曲の至る場面で自分の人生を回想する。そのなかで「No Misery」では、自身のアルバム『The Wizrd』リリース時のドキュメンタリー『THE WIZRD』でのアンドレ3000の証言をサンプリングしている。
「俺はたくさんのアーティストを聴いてきたが、フューチャーの音楽には確かな痛みがあるんだ」
「Radio」では、彼の一際スムースなラップで、大物になった現在の視点から自分のキャリアや人生を振り返る。そして彼はその話を〈This not for the radio〉(ラジオ向きではない)と繰り返すのだ。また1曲目「Fukk A Interview」では、自らのハードな子ども時代を回想しながら、インタビューへの疑念に言及している。
〈Can't sugarcoat this shit, fuck a interview〉(こんな状況を美化できるわけない、インタビューなんてクソ喰らえ)
彼の楽曲は、何も美化せず淡々と自らの生活と感情をありのままに映し出す。先述したとおり、本作は一見散漫なアルバムにも聴こえるが、自分の感情や人生の話をするときに、作為的に整理されたものや、絵空事のような教訓を捻り出すことを手放したということなのかもしれない。それは前述した『MIXTAPE PLUTO』での感情が散乱したような生々しさと、根底に通ずるような思想性を感じる。これは、順立てて話せるような話でも、放送できるようにまとまった話でもない。終盤の「Alice」での『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)の引用が図らずも皮肉に映るように、女性や成功についての話題が多いフューチャーの実のところの本質は、脱物語化を図る徹底したリアリストなのかもしれない。それが彼の作品の“痛み”の所以なのではないだろうか。