元AKB48 藤江れいな、約10年ぶりのアイドル復帰 「ここでしか味わえない感覚がある」――苦難と喜び、その魔力を語る

元AKB48 藤江れいな、アイドル復帰を語る

 AKB48の4期生として活動をスタートし、その後に加入したNMB48の卒業をもって、2017年にアイドル活動を終了した藤江れいな。以降はソロタレントとして活躍していた彼女が、今年5月、同じく元AKB48の石田晴香がプロデュースするアイドルグループ unFinale Tokyoのメンバーとしてアイドルに復帰することが発表された。

 アイドルの世界に帰ってくるという考えは「まったくなかった」と語る藤江。そんな彼女が、なぜ再びアイドルになる決断をしたのか。AKB48を目指した経緯や『選抜総選挙』の記憶まで、48グループ時代から振り返ってもらいながら、復帰の理由となった“アイドルという職業だけが持つ魔力”を赤裸々に語ってもらった。(編集部)【インタビュー最後にプレゼント情報あり】

「正直やりたくはなかった」――AKB48時代の『選抜総選挙』との向き合い方

藤江れいな

――2007年にAKB48の4期生オーディションに合格したところから、藤江さんのキャリアはスタートしています。当時、なぜアイドルを目指したのでしょうか?

藤江れいな(以下、藤江):人生で初めて買ったCDが『LOVEマシーン』(1999年)だったくらい、モーニング娘。さんが大好きだったんです。TVに映る姿がキラキラしていて、かわいくて、「私もいつかあんな風になりたい!」と思っていたタイミングで、従姉妹(夏焼雅)がハロプロ(ハロー!プロジェクト)に加入して。それがすごく楽しそうだったので、「アイドルになりたい」という気持ちがどんどん強くなっていきました。

――AKB48のオーディションのことはどこで知ったんですか?

藤江:オーディション雑誌です。当時13歳だったこともあって、秋元(康)さんの存在も知らなかったんですよ。でも、両親がおニャン子クラブさんのことを大好きで、「秋元さんプロデュースのアイドルならいいんじゃない?」って勧めてくれて。

――AKB48の存在も知らなかったんですね。

藤江:知らなかったです。私が合格した頃も、お客さんが曲中にAKB48劇場の客席を自由に移動できるくらい、人が入っていなかったので。まだまだ知名度も低くて、これからという時期でした。

――そのような状況だと、モーニング娘。に憧れてアイドルになった藤江さんとしては「思っていたのと違うぞ」みたいな感覚もあったんじゃないですか?

藤江:全然違うなと思いました(笑)。研究生として加入したんですけど、しばらくのあいだ「本当に受かったのかな?」って思うくらい活動がない時期があって。私たちは最初の研究生だったこともあって、スタッフさんのなかでもどういう扱いをしていくのか固まっていなかったんだと思います。そんなときに、先輩メンバーの代役として急遽公演に出演することになったんです。それが私のデビューステージになるんですけど、お客さんには事前に知らされていないサプライズ登場で。

――AKB48といえば、サプライズですからね。

藤江:でも、オーディション合格メンバーは発表されていたものの、研究生になってからはあまり活動がなかったので、私のことをちゃんと知っているファンの方は全然いなくて。「知らない子が出てきたぞ」って会場がざわざわしだしたんですけど、でも「コールはしてあげたい」って思ってくれたみたいで、今では「れーいにゃん!」って呼んでくれるんですけど、そのときは「だーれか!」ってコールをしてくれていました(笑)。すごく印象的な出来事だったので、今でも覚えています。そこから劇場公演にも出させていただけるようになって、チームAにも昇格して。昇格から1年くらいで出たシングル『10年桜』で初めて選抜メンバーに選ばれました。

――この時期から、AKB48は“国民的アイドルグループ”への階段を駆け上がっていきます。

藤江:最初はAKB48じゃなくて、“アキバ48”と誤解されていたんですけど、『RIVER』(2009年)をリリースしたあたりからは、皆さんがグループ名をしっかりと認知してくれるようになってきて。それはやっぱり嬉しかったですね。

――個人として印象的な出来事はありますか?

藤江:『じゃんけん大会』(『AKB48 24thシングル選抜じゃんけん大会』)は、私のなかで大きかったです。2位になったことで、いまだに「『上からマリコ』で知りました!」って言ってくれる方がいるんですよね。卒業公演でも「上からレイナ」に変えて歌うくらい大切な楽曲になりました。あと、NMB48に移籍したことも大きいですね。キャプテンを務めさせていただいたんですけど、自分のことだけじゃなくて、周りのことにもちゃんと意識を置くようになった時期でした。

【MV full】 上からマリコ / AKB48 [公式]

――アイドルとしての成長というより、人間として成長できた時期だったんですね。

藤江:そうですね。人間として強くなれた時間だったと思います。

――「強くなる」というと、『選抜総選挙』は精神的に負荷のかかるイベントだったと思います。どのように臨んでいましたか?

藤江:“1年間の通知表”じゃないですけど、ファンの方に評価していただくイベントとして捉えていました。なので「自分は1年間、この順位を背負って頑張っていくんだ」っていう気持ちでやってきてはいたものの、正直やりたくはなかったですね(笑)。でも、自分ひとりで戦うというよりは、ファンの方たちをすごく身近に感じられるイベントでもあって。あらためて「私はたくさんの人に支えてもらえているんだ」って気づけた瞬間でもあったので、今考えると『選抜総選挙』があってよかったなって思います。

――同じように、今の視点から振り返ると感覚が変わっているものってありますか?

藤江:所属チームの変更もかなり頻繁にあって、私も5つのチームを渡り歩きました。変わるタイミングには「イヤだな」って思ったりもしましたけど、行った先では楽しいことがたくさんあって。やっぱりチームによって色が違うんですよね。今でも「あのチームのときの経験が活かせるな」と思うことがよくあるので。行く先々でいろいろな発見ができたことは、今の自分に繋がっていると思います。

――同じグループと言えども、人と人との付き合いですもんね。

藤江:本当にそうなんですよね。人見知りではあるんですけど、いろんな人と接する機会が多かったので、人と話すことが好きになりました。

藤江れいな

――言ってしまえば、藤江さんはいわゆる“神7”と呼ばれていたメンバーのような選抜常連という立ち位置ではなかったといいますか。当時は、差みたいなものは感じたりしましたか?

藤江:もちろん選抜に入れるんだったら入りたかったし、悔しい気持ちはありました。でも、あそこに入るって本当に難しいことだったんです。私はなかなかメディア露出ができない時期もあったんですけど、『選抜総選挙』では30位くらいをキープしていて。「この位置から下がっちゃいけない」と考えながら、日々生活をしていました。10代の頃は選抜に入れてもらえて、でもまた選抜から落ちちゃったり、『選抜総選挙』の順位が下がっちゃったり、すごくツラい時期も過ごしてきて。だけど、“自分の位置”というものがあると思っていたんです。「自分が活躍できる場所でがんばる」っていうことに必死でした。

――どんなことを意識しながら活動していたんですか?

藤江:握手会をすごく大切にしてました。ファンの方と直接交流ができる貴重な時間でしたし、無理にファンの方を増やそうとせずに、「ついてきてくれる方がいてくれたら嬉しい」と思いながら過ごしていましたね。

――藤江さんにとって、AKB48ってどんな存在だったのでしょうか。

藤江:“アイドル”=“キラキラ”、“かわいい”、“憧れ”っていう存在だったんですけど、いざ入ってみたらそれだけではなくて。バラエティ番組では無茶振りもされるし、それこそ『選抜総選挙』だってあったし。いい意味でアイドルというものを崩せたグループ、アイドルの新しい形を作り上げたグループだと思います。

――AKB48の20周年を記念して開催された日本武道館公演(『AKB48 20th Year Live Tour 2025 in 日本武道館 ~あの頃、青春でした。これから、青春です~』)にも出演されましたよね。

藤江:久々に会うメンバーもたくさんいたんですけど、何年経っても変わらないみんなの姿がそこにあって。もう引退している方もいるし、お子さんがいる方だっているのに「やっぱり、これがAKB48だよな」って思わされる瞬間がありました。後輩もこんなに増えたんだなあって実感しましたし、なんだか家族が増えたみたいな感覚でしたね。

藤江れいな

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