歌声分析 Vol.17:アイナ・ジ・エンド “変幻の質感”を持つ表現者、聴き手の心を鷲掴む声色と剥き出しの個性
歌声分析
アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。
第17回目は、アイナ・ジ・エンドを取り上げたい。
“カメレオン”のように声色を自在に操る表現力
アイナ・ジ・エンドは、BiSH解散後にソロ活動を本格化させてから、アニメ、映画、ドラマの主題歌やCM曲を数多く担当し、アーティストとしての存在感をさらに高めてきた。そんな中で、先日開催された『MUSIC AWARDS JAPAN 2026』での東京スカパラダイスオーケストラとの「革命道中 - On The Way」のパフォーマンスが大きな反響を呼び、改めてその歌唱力と表現力に注目が集まっている。
アイナ・ジ・エンドの歌声を語るとき、多くの人がまず思い浮かべるのは“ハスキーボイス”だろう。乾いた掠れ声とは異なる、吐息をまとった湿度のあるハスキーボイスは、アイナ・ジ・エンドのシグネチャーである。しかし、本稿執筆にあたり、改めて近年の楽曲を聴き込んで感じたのは、その魅力は特徴的な声質だけではないということだ。
彼女の歌唱の軸となる要素は、ハスキーボイス、ブレスコントロール、しゃくりなどに代表される節回しだ。これらを自在に組み合わせながら声色を変化させるカメレオンのような表現力こそが、彼女最大の武器にほかならない。
ここからは、曲をピックアップしながら、アイナ・ジ・エンドの表現力について分析していきたい。
まず取り上げたいのは、「アイコトバ」(2023年)だ。アニメ『薬屋のひとりごと』(日本テレビ系)のエンディングテーマに起用されたこの曲は、ピュアなメロディが印象的なミディアムバラードだ。アイナは丁寧に言葉を置くように、ストレートに歌い上げる。しゃくりも、ここではほとんど出てこない。高音域でもファルセットで逃がさず、地声の強さを残したままメロディを運んでいくのだ。サビでは、ミックスボイス(=地声とファルセットが混ざったようなアプローチ)で音域を上げていき、1番のサビの〈耳をふさいでた〉の“い”で最高音に達するが、ここでも完全なファルセットに逃げることなく、ブレスをしっかり含んだ声で、それまで積み重ねてきた感情が溢れだしたような表現をしている。
「帆」(2023年)は、ミニマムなトラックで聴かせる1曲。オルタナティブR&Bのフレーバーもあり、ビートが重要なポイントになっている。この曲の歌い出しではリズムを重視して歌っているが、多彩な母音の処理で、平メロから言葉に感情をまとわせている。驚くのは、楽曲のグルーヴを歌で引っ張りながらも、ひとつの母音の中で喉の開閉をコントロールしているのか、ブレスの密度を変えているように聴こえる点だ。この密度の変化により、実際のメロディとは別軸の起伏が生まれ、点が線になるように感情が転がっていく。そして一転、〈舵を切るならば今よ〉では、子音のアタックを強めにし、声量のあるシャウトで感情のメーターを一気に振り切るのだ。彼女のシャウトにはロック文脈も垣間見られるが、歌声の奥に常に繊細さが残されており、無二のシャウトとして存在している。
「Jewelry Kiss」(2024年/アルバム『RUBY POP』収録)は、たゆたうようなサウンドスケープの中を、アイナの声がさまざまな表情を宿しながら泳いでいくミディアムチューン。この曲を彼女は、甘めの声で歌い出す。“甘い”と言っても、アイナの場合は鼻を通して出す甘ったるい声のアプローチをするのではなく、言葉の前のブレスや、母音の伸ばし方、弱音(じゃくおん)を入れることで甘さを加えているのだ。話し声の延長線上にある発声で、メロディをなぞっているように聴こえてくる。また、この曲では言葉のアタックも柔らかい。ロック曲で聴かせるエッジを立てた発音とは異なり、柔らかさを活かした発音でメロディの良さを引き出している。サビ前の〈逃げないよ あたし、もう〉あたりからハスキーボイスが出てくるが、それまでは聴いていてアイナだとわからないくらいだ。ここに、彼女のカメレオン的な表現力の一端が表れていると言える。