MORE STAR ソロインタビュー Vol.3:笹原なな花「ステージに立つ自分が大好き」 コンプレックスを武器に変え、羽ばたく最年少

FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE、SWEET STEADY、CUTIE STREETを輩出したアソビシステムのアイドルプロジェクト「KAWAII LAB.」。リアルサウンドでは、第五弾グループとしてデビューしたMORE STARの連載インタビューをスタート。メンバー全員がデビュー前にプロジェクトの次世代メンバーであるKAWAII LAB. MATES(略称:メイツ)として活動し、切磋琢磨の期間を経て、2025年12月12日の『KAWAII LAB. SESSION vol.17』でステージデビューを果たした。
リアルサウンドでは、そんなMORE STARの“今”に迫る連続インタビューを企画(毎週木曜日更新予定)。全員インタビューに続き、ソロインタビュー Vol.3となる本稿では、黄色担当の笹原なな花に話を聞いた。
グループ最年少ながら、ハキハキとした言動と高いポテンシャルでメンバーを引っ張る“しっかり者”のイメージが強い笹原。しかし、アイドルとしてのその歩みは、自身のコンプレックスと向き合いながら涙を流し続ける日々だった。なぜ笹原は変わることができたのか。そして今、ひとりのアイドルとして何を目指しているのか。アメリカから始まる半生とともに語ってもらった。(編集部)【インタビュー最後にプレゼント情報あり】
【オリジナル動画】第3弾:笹原なな花 趣味、特技、尊敬する先輩は?
アメリカから日本へ――新体操とダンスに熱中した幼少期

ーー笹原さんは、これまでどんな人生を歩んできましたか?
笹原なな花(以下、笹原):2歳から5歳まで、父の仕事の都合でアメリカに住んでいました。日本に帰ってきて新体操を習い始めたんですけど、小学5年生のときコロナ禍になりまして。ちょうどそのタイミングで、NiziUさんが結成されたオーディション番組『Nizi Project』を観て「新体操は辞めてダンスをやりたい!」と思ったんです。そこからジャズダンス、ハウスダンスなどを始めました。K-POPのアイドルさんとか日本のアイドルさんを通して、私も人に元気や勇気を届けて、少しでも人生を明るく照らすような存在になりたいと思いまして。お母さんに「私、芸能界に入りたい」と伝えたところ、最初は反対されましたが、父も母も「あなたの夢だったら、全力で応援してあげるね」と背中を押してくれて。KAWAII LAB.のオーディションを受けて、今はMORE STARとして活動させていただいています!
ーーちなみに、アメリカのどちらに住んでいたんですか?
笹原:サンフランシスコに住んでいました。幼かったので、当時の記憶はほとんどないんですけど、向こうにいたおかげで英語はすごく得意です! MORE STARが世界進出したときには、語学力を活かしてメンバーのことを全力で支えたいと思っています。
ーーサンフランシスコを離れるときは寂しかった?
笹原:めちゃくちゃ寂しくて大号泣しましたね。海外の友達とバイバイするとき、コアラの指人形をもらったんです。それは友達が本当に大事にしていたものなんですけど「Friends Forever」と言って渡してくれて、今でも私の宝物です。
ーー帰国後に新体操を始めたのは、どんなきっかけがあったんですか?
笹原:「習い事を始めたい」と思っていたとき、お母さんに勧められたのが新体操でした。いざやってみたら、すごく楽しくて没頭しました。最初は通常のクラスにいたんですけど、途中でスカウトしていただき、大会に出るための強化クラスに入りまして。そこから毎週土日は、3時間みっちり練習する日々を送っていました。大会では強いチームが参加しているなか小学4年生のときに初めて1位をいただくことができました。周りの方々に支えていただきながら、自分なりに一生懸命取り組んでいました。

ーーそれだけの活躍と期待をされていたのなら、新体操を辞めるのは簡単ではなかったのかなと。
笹原:そうですね。「本当にいいの?」と先生に引き止めていただいたのですが、私が自分の思いを伝えたら「そんなにダンスがやりたいなら、頑張りなさい。でも、新体操がやりたくなったら、いつでも帰っておいで」と優しい言葉をかけていただいて。新体操で培ったスキルを活かすつもりで、ダンスを始めました。
ーーいざ始めてみて、手応えはいかがでしたか?
笹原:ジャズダンスに関しては、新体操と似ている部分があったので、割と得意ではあったんです。ただ、ハウスダンスはかなり苦戦しまして。ストリートやヒップホップとも違う、絶妙なリズムの取り方をするんですよね。初めて出会うジャンルだったので、最初はどうやってステップを踏めばいいのか分からないし、どうやって音に合わせて体を動かせばいいのかも分からない状態で始めたので、めちゃくちゃ難しかったです。それでも必死に続けていて、あるときスタジオで踊る自分の顔を鏡で見たら、すごく笑顔を浮かべていることに気づいて。「ダンスが大好きなんだな」「私は心から楽しいと思っているんだな」と嬉しくなりました。
ーーダンスを始めて最初のターニングポイントで言うと、どの場面が浮かびますか?
笹原:スタジオの先生は普通の生徒だけでなく、アイドルの方にもダンスを教える機会が多くて「この人はこうだったよ」と話をしてくださって。それまではNiziUさんとかK-POPアイドルが好きだったんですけど、先生を介して日本のアイドルにも興味を持つようになりました。なかでもいちばん好きだったのが、超ときめき♡宣伝部さん。ときめきをひたすら放ち続ける、そのかわいさに魅了されて大好きになりました。ライブも圧巻で、SEを聴いただけで感動しちゃう。とき宣さんのライブを観て「こんなに泣けちゃうくらい素晴らしいライブができるアイドルって、最高だな!」と感じると同時に、私も人の心を揺さぶるパフォーマンスをしたいと思いました。ファンとして観客席から観るのも楽しくて大好きなのですが、ステージの上だからこそ感じる会場の輝きとか、皆さんに元気や勇気を届ける喜びに魅力を感じて、私もアイドルになりたいと決意しました。

ーーとき宣のなかで推しメンはいますか?
笹原:辻野かなみさんが大好きで、特典会にもよく行っていたんです。辻野さんの好きなところは、リーダーとしてみんなを引っ張っていく姿はもちろん、大人っぽさもありつつ、キラッキラなかわいさもあって。そのギャップが心に刺さりました。
ーーそんな笹原さんが、KAWAII LAB.のオーディションを受けたのはどうして?
笹原:当時、FRUITS ZIPPERさんが初めて海外でライブをされていて、「KAWAII LAB.のアイドルは国外まで行けるんだ!」と衝撃を受けたんです。私は洋楽を聴いたり、洋画を観たりするのがすごく好きで、英語も得意だから「日本から世界に羽ばたけるアイドルってすごいな」って。KAWAII LAB.は“原宿から世界へ”というコンセプトを掲げているので「ここしかない!」と考えてオーディションを受けました。
ーーご家族に相談されましたか?
笹原:はい。両親はビジュアルから、歌やダンスに関してもアドバイスをくれていて。ふたりには恥ずかしくて直接言えないですけど(笑)……全力で背中を押してくれるので、すごくありがたいなと思っています。
ーーそんな理解のあるご両親は、それぞれどんなお人柄でしょう?
笹原:お母さんはすごくしっかりしていて、優しいときもあれば、ちゃんと厳しくしてくれるときもあって……理想的なママです。お父さんはユーモアがあって、常に「ガハハ!」と笑っているような陽気なパパです。

ーーまさに、絵に描いたようなご両親ですね。
笹原:そうなんです! この家に生まれてめちゃくちゃ良かったな、って毎日思います。恥ずかしいですね(笑)。
ーー見た目とか性格を含めて、笹原さんはどちらに似ているんですか?
笹原:どちらにも似てるって言われます。ふたりともすっごく真面目なんですよ。そこは私も受け継いでいるのかなって思うのと……見た目は「お母さんとお父さんを5:5で混ぜ合わせた顔」ってよく言われます(笑)。
ーー真面目と言いましたけど、おそらく笹原さんは小さい頃から優等生タイプだったんだろうなと思います。
笹原:アハハハ、嬉しいです! 中学生の頃は「テストで絶対に高得点を取りたい」と燃えていて、1学年200人いるなかで絶対に上位になりたいと取り組んでいました。不動の1位がいたので、ずっと2位でしたけど。
ーー十分すごいですよ。
笹原:自分よりも上がいるからこそ、高みを目指して勉強に励んでいましたね。



















