10-FEET TAKUMA、やり場なき寂しさが剥き出しのロックに――『ゴールデンカムイ』主題歌で叫んだ“今一番言いたいこと”
〈少しだけ届かなかったよ/よくある話さ 旅は終わったよ〉ーーあと一歩の届かない距離、まさに人生の虚しさや悲哀をありったけの大音量でかき鳴らしてきた10-FEETから、“ど真ん中”とも言えるフレーズを持った新曲が届いた。「壊れて消えるまで」、3月13日公開の映画『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』主題歌である。世の中の不条理や人間の愚かさを雄大なスケールの映像で描いた『ゴールデンカムイ』とも見事にシンクロしながら、TAKUMA(Vo/Gt)はひたすらメロディの中で“寂しい”という感情を、時に叫ぶように、時にそっと静かに吐露していく。
そう言われるとなんだか暗い曲に思われるかもしれないが、むしろ「壊れて消えるまで」では3ピースバンドとしてのエネルギーがこれでもかと迸っている。「第ゼロ感」や「ハローフィクサー」など10-FEET印のミクスチャーを極めてきた近年では珍しいほど、ピアノもアコギもシーケンスも鳴らない剥き出しのロックンロールアンセムだ。聞けば、「絶対に妥協しない」という凄まじい執念と推敲の果てに生み落とされた1曲ということだが、初めからこうであったとしか思えないようなシンプルかつソリッドな演奏で成り立っているところが非常に美しい。TAKUMA自身の人生観と世の中の“真理”、そして『ゴールデンカムイ』の真髄がオーバーラップした新たな代表曲「壊れて消えるまで」について、TAKUMAとじっくり語り合いながら紐解いた。(信太卓実)
『Fin』の時期にトライしていたーー完成まで10年、妥協しなかった理由
ーー「壊れて消えるまで」、久しぶりのストレートなロックナンバーで。まずシンプルにめちゃくちゃいい曲でした!
TAKUMA:ありがとう!
ーーどのようにできていったんでしょうか。
TAKUMA:実は10年前ぐらいからパーツとしてはあった曲で。デモができ上がったのはコロナ禍ぐらいなんですけど、当てはまりそうな歌詞とメロディが最初からすごくよかったから「この曲は絶対に納得いく形で作り上げたいな」と思っていて。でも、なかなか「これぐらいになったらいいな」っていう曲にならへんくて、高望みして高望みして、納得できるまで絶対に完成させないぞと思ってやっていたら、でき上がるまで10年くらいかかってしまって(苦笑)。
ーーそうだったんですか。
TAKUMA:やっとデモになった時も「やっぱめっちゃええ曲やん」と思ったんですけど、ちょうど『THE FIRST SLAM DUNK』の制作時期でもあったから「第ゼロ感」あたりの曲がどんどんできていってた頃で。すでに「その向こうへ」「蜃気楼」「ヒトリセカイ」とか、同じ属性に入るような曲が充実していたこともあって、「今は10-FEETではやらなくてもいいか」と思って。ソロ活動もちょこちょこやってた時期やし、「だったらソロでバンドサウンドを使ってやってみようかな」なんて思ったりもしていたんです。
そうこうしてる間に『ゴールデンカムイ』の制作の話が来たんですけど、ハマりがよさそうやったから候補で出してみようと思って、まずメンバーに聴かせてみたら、KOUICHI(Dr)から「この曲めっちゃいいから、10-FEETで絶対今やるべきやと思う!」みたいな熱い連絡がきて。メンバーからそうやって曲のことを褒めてもらえるのってめっちゃ嬉しいし。そういうことをわざわざ言わへんような年齢とキャリアになってきたけど、メンバーの反応を見るために曲作ってるところもあるぐらいやから、やっぱり嬉しくて。10年ぐらいかかりましたけど、絶対に妥協しないっていう想いでやってたものがやっと形になって、出番が巡ってきてよかったなと思ってます。
ーー10年前と聞いて、『Fin』に向かっていた頃の10-FEETを思い出しました。例えば「ヒトリセカイ」もガレージロック系のサウンドで“ひとり”を歌っていましたし、「壊れて消えるまで」も孤独についての曲だなと思っていたので。
TAKUMA:そうそう。ちょうど『Fin』を作ってる時に今回の曲もめっちゃトライしてたんですよ。
ーーやはりそうでしたか。その上で、最初からいいと思っていたのにすぐに完成させなかった理由を、もう少し詳しく教えていただいてもいいでしょうか。
TAKUMA:なんていうか……「その向こうへ」も「蜃気楼」も「ヒトリセカイ」も他の曲も、すべて妥協はしてないんですけど、「こうきたらこうすれば、たぶんよくなるな」みたいな形でわりとやってきた気がしていて。もちろん「めっちゃええ曲になったわ」と思って納得してきたんですけど、「もっともっと他の感じも検証してみようや!」みたいなのをやれたらどうなるのかなとも思ってたんですよね。曲作りって、「Aメロ・Bメロ・サビはこんな感じやな」っていう構成の部分で言うと、1カ月とか、長くても2カ月かからないくらいででき上がっていくのが通常なんやけど、それを「もうこれ以上は絶対にないな!」っていうところまでやり切ろうとしたら、1年とか2年どころか、本当はそれ以上やらなあかんのかもしれんと思って。この曲はそこに挑んで、少々いい感じになっても「よし、これでいこう」って言わないようにしていたんですよ。
そしたら、「壊れて消えるまで」のAメロ・Bメロ・サビって実はそれぞれ別々に生まれていたものなんですけど、〈壊れて消えるまで〉と〈ゆらゆら〉っていう、納得いかないままずっと残ってた別々のフレーズが、ここにきてスッと合体したりして。「うわ! この2つ、同じ曲の中で出てきたんか。しかもめっちゃハマってるやん!」となって、なんか(『キャプテン翼』の)翼くんと岬くんみたいやなと(笑)。そこからさらにAメロが生まれてきて、ドーンと合わさってでき上がりました。
ーーしかも、久しぶりにシーケンスも入らなければ、ピアノもアコギもない、めちゃくちゃ硬派なロックサウンドですよね。
TAKUMA: ああ、そうですね。なので通常営業です(笑)。
ーー(笑)。とはいえ10-FEETってミクスチャーバンドだと思ってますし、ピアノもアコギもシーケンスも、全部ミクスチャーの中に飲み込んで、どんどん自由に表現を広げていって……というのが、むしろ10-FEETらしさを形作ってきた部分もあると思うんです。
TAKUMA: 確かに。そうなってきたところもあるかもしれないなっていう自覚はありますね。
ーーなので「通常営業」とは言っていただいたんですけど、この感じはむしろ本当に久しぶりな気がするなって。剥き出しのストレートなロックの新曲はもう聴けないんじゃないか、とまでちょっと思ってました。
TAKUMA:あははは。これはとにかく絶対いい曲やなと思ってたし、デモになってからもそういう確信がありましたからね。去年、ウエノコウジさんの生誕祭(『ウエノコウジ 57歳誕生祭~3x3x3~』)に僕がゲストで呼んでもらったんですけど、「2~3曲一緒にやってほしい」という相談があって、しかもドラムはクハラ(カズユキ)さんで。僕がギター&ボーカルで入って、ミッシェル(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)を2曲と、あと10-FEETも2曲ぐらいやるっていう予定やったんですけど、僕から「実は今作ってる曲があって。それがめっちゃハマりそうなんで、10-FEETは1曲にして新曲を一緒にやりましょう」と言って、その3人で新代田FEVERで、曲名もまだない状態でしたが(「壊れて消えるまで」を)やったんですよ。
ーーすごい……!
TAKUMA:まだデモのままやったけど、ベースもドラムも、ウエノさんとクハラさんなりにアレンジしてきてくれて。ガーッと鳴らしたらめっちゃかっこよかったんで、やっぱりいい曲やなと思って、メンバーにも「ウエノさんとクハラさんと一緒にやった音源も聴いてみて」とか言いながら共有して、参考にさせてもらってます(笑)。
ーー(笑)。それこそ自分は「エレクトリック・サーカス」感というか、どことなく後期ミッシェルの哀愁と激情みたいなものを「壊れて消えるまで」に感じていたんですよね。ずっとジリジリしたギターの音が響いている感じとか。そういうイメージもあったんでしょうか。
TAKUMA:「ミッシェルみたいな曲を作ろう」と思っていたわけではないんですけどね。“その時の想いを叫ぶ”ってことをすごく突き詰めて考えていた時に生まれてきたメロディとリズムだったんで。ただ、ミッシェル大好き、The Birthday大好きっていう時期……まあいつでも大好きなんですけど、そういう気持ちがガーンと強くきてる時に作った曲ではあったから、そういうDNAが流れてる気もしています。
「“今一番言いたいこと”を書いたリアルな歌詞」
ーー『ゴールデンカムイ』制作側からの反応はいかがでした?
TAKUMA:今回は「壊れて消えるまで」と、シーケンスを使った「第ゼロ感」の系譜を受け継いでるような四つ打ち系の曲、2曲をプレゼンで提出してたんです。そしたら「こっち(「壊れて消えるまで」)に決まってるでしょ!」「もう完成してるじゃないですか!」みたいな返事が返ってきたらしくて。すごい熱量を持って選んでくれたと聞いているんですけど、メンバーが曲を褒めてくれたのと同じぐらい嬉しい反応やったんで、「じゃあこれでいきましょう!」ってことになりました。もともとほとんど歌詞ができ上がってたので、作品に寄せて書き下ろした部分っていうのは、実はあまりないんですけどね。
ーーそうなんですね。TAKUMAさんは『ゴールデンカムイ』をどういう作品として解釈しているんでしょう?
TAKUMA:もともと大好きな物語で、ファンでした。主人公の杉元(佐一)もアシㇼパも、すごく大きな孤独を抱えていて、親友や仲間の悲しい過去を背負って生きていたりすると思うんですけど、作品ではそういう描写はあまりたくさん出てこず、ただただ“今の物語”として、ギャグもふんだんに交えながら進んでいくんですよね。脱獄王と裸になって「うふふふ」とか楽しくふざけてたりするけど、裏ではめっちゃ悲しくて、めっちゃ孤独で……そういう感情って、僕も勝手に背負ったりしながら生きてるなって思ったというか。だから寄せようとしなくても、自分のそういう部分を描写していったら、自然と杉元の曲みたいになってくるんじゃないかなって。映画のスタッフが「こっちに決まってるでしょ!」と言ってくれた情熱に負けないようにこの曲を完成させたかったので、あえて「寄せよう」という意識も持たずに、むしろ『ゴールデンカムイ』のことを忘れるぐらい一心不乱に制作することが大事やと思ったんです。「そうそう、こういう風になっていくのが一番いい!」と僕は思ってましたし、そうすればきっとどこかで結びつくやろうなっていうくらい、シンパシーを感じていた作品なので。
ーー今おっしゃった話を聞いて、まさに『ゴールデンカムイ』って杉元やアシㇼパが山で懸命に生きている“今”を描いた物語だと思うんですけど、「壊れて消えるまで」を聴いた時も、「その向こうへ」「蜃気楼」「アンテナラスト」「ヒトリセカイ」といった10-FEETのギターロック系の楽曲と比べて、一番“過去を語っていない曲”だなと思ったんです。
TAKUMA:(深く頷く)
ーー具体的な悔しい出来事・悲しい出来事があって、それを原石にしながらも乗り越えていくこと、光を掴むためにもがいていくことがこれまでの原動力だったと思うんですけど、今回は少し違っていて。過去の話をごっそり述べなくても完成できるまでに10年という歳月がかかったんじゃないかとまで想像してたんですけど、そう言われてみるといかがですか。
TAKUMA:……もう、今喋ってくれたことの前に「TAKUMA」ってつけてもらっていいぐらい、バッチリ。同じ系統の楽曲が過去をしっかり歌ってたっていうのは言われてみて気づきましたけど、ほんまにそうやなって感じですね。
「壊れて消えるまで」って妥協しないままずっと真剣に向き合ってきたからこそ、“今”最もリアルに感じていることっていうのが、一番強烈なメッセージになって浮かび上がってくる曲やと思うんです。僕もどんどん年齢を重ねてきて、バンドの終わりも人生の終わりも年々リアルになってきていて。その中で「終わる時ってこんな感じなのかな」とか「もし終わるとしたら、いいことも悪いこともいっぱいあったよな」とか、そういう風に考えている心境を描写することが、“今”一番言いたいことを書いたリアルな歌詞に繋がったんじゃないかと思います。
ーーなるほど。しかも今回って「寂しいけどやってやる!」みたいな感じというより、「寂しい」ってことをひたすら吐露している歌だなとも思ったんです。終わり方が思いの外スッとしてることも含めて。
TAKUMA:めちゃくちゃそうですね。
ーー寂しさに抗ってないというか。もちろん、心の奥底では抗っているんでしょうけど、どこか受け入れて〈それでも構わない〉と歌っている感じがしたんですよね。それはTAKUMAさんにとってどんな境地なんでしょうか。
TAKUMA:曲がめちゃくちゃロックンロールしてるから、それでよかったんじゃないですかね。一切妥協せずにやってきたんで、このギター・ベース・ドラムがあれば、着色料なしの加工してない自分の想いをそのまま吐露するように書いても、ものすごいロックになるんだっていう。そういう作用があったように思います。