なとり、初の武道館で証明した“ライブアーティスト”としての真価 五感を揺さぶる総合芸術、『深海』の核心
負った傷も絶望も隠さないーー感情を音へと昇華させた『深海』の核心
最後に、もっとも重要なポイントを書いておきたい。それは、さまざまなクリエイターとともに作り上げる世界観の中でも、中心にあるのは“なとりの人間性”だということ。
「あらゆる人に言わなくていいことを言ったり、人に言われたくないことを平気で言ったりする自分が気づけばそこにいて、そういう自分を嫌いになった。でも自分をちゃんと認めてあげないとできないのが音楽だと思っているので、その乖離とずっと戦っていた」
なとりはアルバム『深海』の制作についてこう語ったが、『深海』は、ひとりの人間としてもがきながら生きる自分の、心の中で蠢くいくつもの種類の感情をそのまま音と言葉に昇華してみせた作品だ。たとえ大勢の前に立つ“アーティスト”になっても、自分が負った深い傷も、誰かを傷付けてしまったことも、上手く生きられない自分も、誰かの不幸を祈ってしまう自分も、誰かに愛されて許されたいと願う自分も、隠すことはしなかった。まるでガキ(冒頭で書いた通り、なとり自身が「ガキ」という言葉を使っていたのであえてこう書く)のように、腐った世界に苛立ち、自分のやるせなさに絶望し、すべて投げ出したいけど逃げられないと喚くような、そんなやり場のない気持ちに蓋をしなかった。
そんななとりは武道館のステージに立って、下の世代に追いかけられる立場になったにもかかわらず、ファンに対して「力を貸してくれ」と何度も言っていた。「俺ひとりの力じゃ足りないから」と。よくライブで観るのは、アーティストが「お前たちを連れていくぞ」などと言いながら、ステージ前の群衆をリードしていく光景だろう。自分の完璧ではない部分をさらけだし、ファンに「お前の力が必要だ」と語りかけるのが、なとりの強さであり優しさなのだと思った。そんな人間性がなとりの愛される魅力としてライブ中に輝き、多くの“ひとり”の心の深層部分=深海に寄り添える力となっていた。
なとりは『深海』リリース時のインタビューで、一時期は“教室の隅っこ”ではなく全体を救えるような曲を書こうとしたが、それが上手くいかず、教室の中心になったことのない自分はやはり“教室の隅っこ”に向けて書くべき人間であると自覚したと語ってくれた。でも、武道館に集まったのは教室の隅っこにいる人たちだけではないように見えた。それぞれの日常を一生懸命に生きている、いろんな性格の人たちが、武道館を埋めていた。約2時間の公演が終わった会場を見渡しながら、以前なとりが感銘を受けたものとして挙げてくれた、米津玄師「がらくた」の歌詞を思い出した。〈30人いれば一人はいるマイノリティ いつもあなたがその一人/僕で二人〉。なとりはこのライブを通して、そんな深い心の繋がりを一人ひとりと築いていた。
最後にもうひとつだけ、書き残しておきたい。なとりは『深海』リリース時のインタビューで「ライブでちゃんと評価される人になりたい」とも言っていた。あなたはすでに、その領域に達している。
■セットリスト
『なとり 3rd ONE-MAN LIVE「深海」』
2026年2月19日@日本武道館
SE : うみのそこでまってる
01. セレナーデ
02. ヘルプミーテイクミー
03. EAT
04. FLASH BACK
05. フライデー・ナイト
06. プロポーズ
07. 恋する季節
08. 帰りの会
09. ターミナル
10. 聖者たち
11. DRESSING ROOM(Remix.)
12. 非常口 逃げてみた(Remix.)
13. Overdose
14. SPEED
15. にわかには信じがたいものです
16. 君と電波塔の交信
17. IN_MY_HEAD
18. 絶対零度
19. 糸電話
20. バースデイ・ソング
21. 金木犀
SE : 深海