Uru、「傍らにて月夜」と「今日という日を」を語る back numberへの憧憬、そして更新する歌の完成度
Uruが最新楽曲「傍らにて月夜」と「今日という日を」をリリースした。アルバム『tone』のリリース目前に世に放たれたこの2曲は、それぞれがUruにとって大きな意味を持つ楽曲だ。「傍らにて月夜」は、back numberによるプロデュース楽曲。Uruの今に繋がるきっかけがまさにback numberの存在であり、今こうして楽曲提供という形でタッグを組むというのは、本人も語ってくれたように感慨深いものがある。もうひとつの新曲「今日という日を」は、「心得」以来、『教場』シリーズの最新作品となる映画『教場 Requiem』の主題歌。こちらも2度目の主題歌ということで、その完成度には磨きがかかっている。
このふたつの新曲について、そしてまもなくリリースされるアルバム『tone』、10周年イヤーについて、じっくり語ってもらった。(編集部)
back numberが全面プロデュース曲――「襟を正すような緊張感も」
――「傍らにて月夜」は、back numberが全面プロデュースによる楽曲です。反響も大きいと思いますが、リリースをした今の素直な気持ちを教えてください。
Uru:私はback numberさんの曲が大好きで以前からよく聴いていて、YouTubeでback numberさんの「fish」をカバーさせていただいたことで今の事務所にご縁があり、こうやって今歌を歌うことができています。なので、そのback numberさんから楽曲提供をしていただくということは私にとってとても感慨深いもので、当初は信じられない気持ちでした。嬉しさももちろんたくさんありましたが、襟を正すような緊張感も同じくらいあって、今は、本当にこの曲をリリースできたんだなあと噛み締めています。
――「傍らにて月夜」ができあがってきて、初めて聴いた時にどんなイメージを持ちましたか?
Uru:『クスノキの番人』を私も拝読させていただいたので、作品と親和性があって、ファンタジー感というか独特の雰囲気がある素敵な曲だなと思いました。そして、メロディや雰囲気にback numberさんを感じて、こんな貴重な音源を今自分だけで独占している状況に申し訳なさすら感じました(笑)。
――歌詞のなかでご自分の心に刺さったワンフレーズ、「清水さん……!」となった歌詞などがあれば教えてください。
Uru:これはご本人にも直接お話しさせていただいたのですが、〈悲しい夢の終わらせ方は/目を開けるだけでいい〉という歌詞がすごく好きで、辛い時や苦しい時って物事を深く考え過ぎてしまったりすると思うのですが、意外と近くて単純なやり方で切り抜けられたりするんだよ、というような心を軽くしてくれる歌詞だなあと感じました。
――この曲でのUruさんの歌唱を聴いて、感情を強調するフレーズがあっても、声の抑揚は大きく変えない選択をしているように思いました。楽曲全体に対して、自分の歌で何を表現しようと思いましたか?
Uru:今回、歌い方に関してもレコーディングの際に依与吏さんにディレクションをしていただいたので、依与吏さんがおっしゃっていた「流れるように」というのを意識して歌っていました。そして「誰にも聴かせない子守唄」というヒントもいただいていたので、そうか、これは相手に話しているのではなく、心のなかで思っていることなんだと少しずつ開けてきて、曲の中の〈私〉を思い描きながら歌いました。
――言葉を聴き手にやわらかく届けるために、ブレスや語尾の処理で工夫した点はありますか? ありましたら、歌詞のどの部分でしょうか?
Uru:〈まるで今生まれた/いきものみたいね〉という歌詞ですかね。ちょうど落ちサビということもあって、今まで以上に歌詞が注目されやすい箇所だと思いますが、静かな夜に〈あなた〉の寝顔を見ながら、そばでこっそりとこんなことを思う〈私〉の優しさとか穏やかな空間が伝わるように、最後の〈ね〉を何度か試しながら歌わせてもらいました。
――「今日という日を」は、映画『教場 Requiem』の主題歌です。「心得」(2023年)でドラマ『風間公親-教場0-』(フジテレビ系)の主題歌も担当していますが、Uruさんの目に『教場』シリーズはどんな作品に映っていますか?
Uru:綺麗事だけではないヒリっとした厳しさや難しさなど、観ていると自然にこちらまで姿勢が正されるような、すごく凛とした世界観を感じます。そしていつも、観終わった後に自身を振り返ってまた頑張ろうと思えるような作品です。
――「今日という日を」の優雅で儚く、ピュアなメロディが印象的でした。個人的には『教場』の主題歌と聴いて驚いた部分もあって。Uruさんが『教場』という作品に見出したテーマ、そしてそこからどのように曲ができあがっていったのか、詳しく教えてください。
Uru:独特の凛とした世界観を壊さないような曲調にしたいという想いがあったので、まずはメロディと全体の雰囲気から考えて作っていきました。風間は、あまり多くを語らない人物なので、歌詞に言葉が詰まり過ぎているのは違う。具体的に指し示すような歌詞もまた然りで、歌詞を書く上でも「風間公親」はとても意識して書いていきました。今回は、これまでの教場シリーズよりもさらに風間の生徒への想いが感じられる作品だなと感じたので、一見、突き放すような言葉や言動も、実は生徒のことを考えてのことだったというような、風間の心からの想いに少しだけ触れられるような歌詞にしたいと思っていました。
――「今日という日を」を作るにあたり「心得」との関係性は考えましたか?
Uru:もちろん考えました。同じシリーズ作品のなかで違う主題歌というと、世界観は同じだけれども、温度とか色とかそういった部分は違ってくると思うので、前回担当させていただいた『風間公親ー教場0ー』の時との温度の違いなどはあるか、脚本を何度も読ませていただきました。全体的には「心得」ときょうだい感のある曲にはなっていると思いますが、「心得」が天からその人を包むように見守っているとしたら、「今日という日を」は、10歩くらい後ろからその人の後ろ姿を見守っている、というようなイメージです。
――「心得」のサビは〈今日を生きる希望〉から始まって、この楽曲は「今日という日を」。〈今日〉というのは、Uruさんのなかで、重要なキーワードだったのでしょうか?
Uru:たしかにそうですね! あまり考えてはいなかったのですが、そう考えると、「心得」の〈今日〉も、「今日という日を」の〈今日〉も同じ存在かも知れません。辛い時苦しい時というのは、過去にとらわれ過ぎていたり、未来を悲観したりしてしまいがちだと思うのですが、今生きているのは“今日”だ、ということをしっかり伝えたい、その”今日”の積み重ねが自分という人間を作っていき、未来にも繋がっていくという意味では同じメッセージを伝えたかったのかもしれません。