浜野はるき、過去も未来も恋愛も自己肯定も! 追い求める“いちばんリアルな存在”とアルバム『NET BaBY (FuLL)』
浜野はるきが『NET BaBY (FuLL)』をリリースした。本作は、浜野はるきというアーティストの“現在地”をそのままパッキングした作品だ。キュートなだけじゃない。鋭さ、毒、愛情、観察眼、そして徹底したセルフプロデュース能力。それらすべてを、SNS時代を生きる等身大の視点で描き切った傑作である。楽曲制作の経過を提示する3段階リリースという手法も、リスナーの声を吸い上げながら進化していく彼女ならではのスタイルと言える。『NET BaBY (FuLL)』の制作背景から浮き彫りになる、“最新版・浜野はるき”とは一体何なのだろうか。(伊藤亜希)
一年かけて作り上げたアルバム『NET BaBY (FuLL)』
――『NET BaBY (FuLL)』はどんなアルバムになったと思ってます?
浜野はるき(以下、浜野):おもちゃ箱みたいなアルバムだなと思ってます。喜怒哀楽はもちろん、過去も現在も未来も、恋愛も自己肯定もぜんぶ入っている。ひとつのテーマに絞るというより、25年間の自分の全部を詰め込んだ作品ですね。
――そのおもちゃ箱のなかにはどんな“おもちゃ”が入ってますか。
浜野:たとえば、小さい頃に触れてきた平成の着うた世代の音楽だったり、ガラケーの文化だったり。私が小さい頃に夢中になっていたものと、今の自分が好きなもの、その両方が入っている感じです。
――『NET BaBY』という言葉はどこから生まれたんですか?
浜野:今年の頭は、ネットでしか物を言えないアンチたちに「おしゃぶりくわえて黙ってろ!」みたいな(笑)、かなり尖った意味合いで“NET BaBY”という言葉を考えていたんです。でも、アルバムを一年かけて作るなかで、自分の気持ちが変わっていって。私に対して(ネットで)悪口を書いてくる人も誰かの家族かもしれないし、誰かのヒーローかもしれない。私から見ればヴィランでも、別の誰かにとっては大切な人かもしれない、というふうに思うようになった。そう考えた時に“NET BaBY”の“ベイビー”がすごくかわいく思えてきたんですよね。わざわざコメントしてくるって、愛情の裏返しにも見えて。ネットに書き込むって、すごいエネルギーがいるじゃないですか。
――たしかに。書き込む時間を浜野さんのために使っていると考えることもできる。
浜野:そうなんですよね。それからは、ネットは悪口を書く場所じゃなくて、“才能を見せ合う戦場”だっていう考えに変わりました。HIPHOPのサイファーみたいに、才能を披露する場所がSNSやネット。だから歌詞にも〈才能サイファー〉(「NET BaBY」)ってフレーズを入れて。ネットは人を傷つける場所じゃなく、本当は公開オーディションみたいな場所だって伝えたくて。最初のイメージとはまったく違う「NET BaBY」という曲が完成したんです。
――アルバムには「みんなと一緒に作っていくアルバム」というコンセプトもありました。ここでいう“みんな”って、誰のことを指しますか?
浜野:いちばんは、ファンのこと。第1弾を出した時点で、第2弾以降に入る候補曲のデモはいくつかあったんですけど、第1弾を出したあとに、ネットのコメントやライブでの反応を見て、「今求められているのはこれかも」と考えながら作っていった感じです。一年あれば人の感情って大きく変わるじゃないですか。今年1月の私は「アンチ黙れ!」みたいな尖った気持ちだったけど、そこもどんどん変化していった。だから「NET BaBY」は、あえて最後まで作らずにおいて、アルバムタイトルとして先に決めて。最後のリリースが見えてきたタイミングで、最新版の自分として書いたんです。本当に最近できた、アルバムのなかでもいちばん新しい曲ですね。
私がプロデュースしている“浜野はるき”というアーティストがいる感覚
――ちなみに、リスナーやファンの声を最もダイレクトに反映した曲は?
浜野:「ちゅ<3」とかですかね。私自身、人生で片思いをしたことがないんです。アイドルをやっていた頃は恋愛禁止だったし。ダンスやレッスンばかりやってたから、教室でも目立たなかった。放課後になると、すぐいなくなるし(笑)。だから、今回「将来の王子さまのためにきれいになろう」というテーマの曲を書こうとした時に、全然リアリティが出せなくって。メルヘンな恋を自分事として想像できなかったんですよ。配信やライブで「25、26歳の女性ってどんな恋してるの?」「片思いしたことある?」ってファンの子たちにめちゃくちゃ聞きました。DMでも「これって脈アリですか?」みたいな相談が届くので、そういう生の声を集めて、片思いをしている女の子の姿を描いていきました。SNSの配信のなかでアンケートをとったりもしましたね。ファンの子たちの恋バナからもらった温度感を整理して、物語として再構成しました。
――恋愛のリアルをファンから吸い上げつつ曲を作った、と。そうすると、片思いしたことがない自分とのギャップが生まれるとも思うんですよ。そこで伺いたいのが、世間が抱く浜野はるき像と、本来の自分とのあいだにギャップはあるかということ。
浜野:ああ、めちゃくちゃあります。世間の浜野はるきに対するイメージは、きっと恋愛ソングを歌うかわいい女の子という感じだと思うんですけど、実際の私は片思いもしてこなかったし、恋バナでキャピキャピ盛り上がるタイプでもない(笑)。だから、まわりが見ている“浜野はるき”と、本来の”私”はだいぶ違います。なんていうか……私がプロデュースしている“浜野はるき”というアーティストがいる感覚なんですよ。人生で感じてきたことや自分の考えをベースにしてはいるけど、それを歌詞にして代弁しているのは“浜野はるき”というキャラクター。私のなかにプロデューサーとアーティストが同居していて、「“浜野はるき”ならどっちを選ぶ?」「どんな服を着る?」と常に自問しながら動かしているというか。
――それはすごく面白い話ですね。
浜野:本当、多重人格なんじゃないかと自分でも思います(笑)。
――そうだったとしてもですよ、分析力とコントロール能力のほうが勝っていると思います。
浜野:ありがとうございます(笑)。
――浜野さんにとって、ネットは物心ついたころから身近なものだったと思いますが、アーティストとして「ネットがあってよかった」と思う瞬間ってありますか?
浜野:路上ライブを一昨年位までずっとやってきたんですけど、路上って、その場にいる人にしか届かないんですよね。でも、ネットなら世界中に届く可能性がある。人に見つけてもらう確率が圧倒的に違う場所だと思っています。もちろん、膨大すぎてどうやって検索するのがいいのかわからないくらい情報は多いけど、今はアルゴリズムの仕組みで、興味を持ってくれそうな人に届きやすくなっているじゃないですか。私の音楽に興味ありそうな人のもとに流れていく仕組みがあるから、好きな音楽とリスナーのマッチングが起きやすい時代になったと思う。マネジメントもリリースもすべてを個人でやっている私のようなアーティストの立場からすれば、前の時代よりも売れやすくなっていると感じる部分があります。この時代に生まれてよかったなと思いますね。