一二三が語るボカロ文化の一貫した面白さ アルバム『百鬼夜行』の世界観、“ボカロック×和風”の魅力に迫る
妖怪をテーマにした『百鬼夜行』の構想 “ボカロック×和風”のこだわりも
──そんな中リリースされた『百鬼夜行』ですが、振り返ると前作の2ndアルバム『もう制服はいらない』は2022年4月のリリースでした。今作の構想はいつ頃からあったんでしょう。
一二三:実はアルバムを1枚作り終えると、大体「次はどうしようかな」と自然に考え始めるんです。なので今作に関しても、前作を出した後「妖怪をテーマにした作品を出したい」と考え始めて、この3年間はそれに向けて妖怪モチーフの曲を意識して作っていた形になります。
──今まで出した曲をまとめたアルバムではなく、最初から“妖怪”というアルバムテーマを据えてここ数年は投稿を重ねてきた、と。“妖怪”のテーマはどこから来たものですか?
一二三:もともと幼い頃から『ゲゲゲの鬼太郎』や妖怪図鑑を観るのが好きで、かなり身近なテーマではあったんです。重ねてアルバムの構想時に、前から好きだったゲームのシリーズ新作になる『モンスターハンターライズ』が発売されていたんですが、あの作品は妖怪をモチーフにしたモンスターが出てくるんですよね。それを見て、妖怪に何か一捻りを加えてモチーフにするのって面白そうだな、と思って。そこから妖怪たちをもともとの江戸時代や平安時代の古典的な形ではなく、現代風にアレンジしてみようと思ったんです。いろんな妖怪に今の時代のテイストを当てはめるとどうなるか、という発想ですね。
──もともと一二三さんが持たれている“ボカロック×和風”という主題とのマッチングも非常にいいですよね。そもそものお話なんですが、“和風”のモチーフはどのような経緯で自身の作品に取り入れようと考えたんですか。
一二三:これも昔から好きだった、という部分が大きいですね。以前から古い建物や、京都の街並みなんかも好きで。2015~16年頃に自分の作風を見直した時も、「やっぱり和風のテイストが好きだから、そこを取り入れて強みにしよう」とごく自然に考えていました。
──和風/オリエンタルな音の魅力はどういった部分にあるんでしょう。
一二三:一つは和を感じさせる音階の面白さ、でしょうか。音楽を作る時に使う音ってある程度一緒なのに、いくつかの音を欠いただけで途端にクラシックや西洋の音楽とは明らかに違う、オリエンタルな雰囲気になるんですよ。いわゆる“ヨナ抜き音階”とか、沖縄っぽい曲に多い“ニロ抜き音階”とか。そういう“引き算の美学”を感じる部分や、一定の制限を課された中で豊かな表現を生む、という部分にも魅力があると思います。
和楽器って、楽器の造りの関係で原則として転調に弱いことが多いんですよね。演奏の技術の難しさもあるし、三味線や箏なんかの弦楽器は曲中の転調がすごく大変なんだそうです。でも、そういう制限がある中でもこれだけ幅広い表現ができる。それも和の音楽の強みだし、面白さだと自分は感じてますね。この手の話は語り出すと本当に止まらなくなるので、一旦このぐらいに……(笑)。
──深い愛が垣間見えるお話でした、ありがとうございます。話は戻りますが、今回“妖怪”というテーマでアルバムを作ろうとした際、具体的なアイデアや作品の全体像などはどういった行程で固めていったんですか。
一二三:最初は妖怪辞典に付箋を貼りながら、「この妖怪は失恋の曲にしよう」とかアイデアを書き込んでネタをストックしてました。最初からかっちり妖怪のラインナップや全体像を固めていたわけではなく、思いついたものから選んで作っていく感じでしたね。2022年秋にアルバムにも収録されている「しゃしゃてん」を投稿したんですけど、この曲はすでに今作の構想を考えつつ出した曲でした。
そういった妖怪たちが集まる作品となると、やっぱり『百鬼夜行』というアルバムタイトルが一番しっくりくるな、と。一方でおどろおどろしさより、特にビジュアル面に関してはちょっと華やかな感じも持たせたかったんです。妖怪の群衆というか、パレードみたいな雰囲気というか。
──そのムードにも合致する形で、何より前作から今作の間は一二三さんの楽曲が、非常に大勢の元へ広がった期間でもあったと思います。「花が落ちたので、」は今春YouTube再生数1000万回を突破。「あんたにあっかんべ」は韓国のVTuber人気を牽引するTENKO SHIBUKIさんのカバーも話題になりました。
一二三:2024年に投稿されているTENKOさんのYouTube初動画が「あんたにあっかんべ」の歌ってみた動画で、それが450万回再生(2025年8月時点)と広がりを見せたのは個人的にかなり印象的でしたね。自分の曲がそうやって海外の方にも届いていくのは、やはりすごくありがたいな、と。「しゃしゃてん」を皮切りに中国のbilibili動画でもたくさん聴いていただけていて、近年話題のアジア圏ボカロ人気をそういったところでも実際に肌で感じています。
──ご自身では、楽曲のどんな部分が中国/アジア圏の方に刺さったと考えていますか。
一二三:さっきもお話しした音階の部分も一つ大きな要素だと思っていて。日本的なメロディの音楽って、同時に中国っぽいムードも内包していることが多いと思うんです。だからやっぱり、DNA的にも通じる部分があるんじゃないでしょうか。僕自身も中国の楽器が結構好きなので、実際に楽曲にもピパ(琵琶)や二胡の音を忍ばせたりもしてるんです。そういう要素が耳馴染みのよさになったり、向こうの方に喜ばれているんじゃないかと。
──そんな多くの反響が実際にSNSや動画サイトでは目に見える形で表れていますが、それについてはどのように受け止めていらっしゃいますか。
一二三:再生数に伴って投稿動画のコメント数もかなり増えて、今までもらえなかった意見や「そんな考え方もあるんだ」という内容がもらえる点はかなり興味深いです。学生さんとかかな? リスナーさんから実体験で直面している困難、悩みを重ねて聴いている、というお声をもらうこともあるんですよ。歌詞に書くことはやっぱり僕自身の個人的な話が多少元になっていて、とはいえ個人的になりすぎないよう、バランス感にも気を遣っているんです。その点では他の方に共感いただけるということは、ちょうどいいバランスで歌詞を書けている証拠でもあるのかもしれません。
それこそ今作の核になる「あんたにあっかんべ」は、個人的な体験談といろんな人が共感できる普遍性の塩梅が個人的にも上手くいったな、と感じてました。もともとアルバムの核にするつもりで作っていたわけではないですが、結果としてメッセージの伝わりやすさの点でも今作の核に相応しい曲だな、と。収録曲でも唯一MVでアニメーションを作っていただいので、その点でも目立つ曲にはなりましたね。