一二三が語るボカロ文化の一貫した面白さ アルバム『百鬼夜行』の世界観、“ボカロック×和風”の魅力に迫る
今年でデビュー10周年となるボカロP・一二三が、活動10周年を迎えた2025年8月20日に3rdアルバム『百鬼夜行』をリリースした。
前作から約3年以上ぶりとなるフルアルバムは、全曲を通して“妖怪”がモチーフ。自身の強みである“ボカロック×和風”のサウンドメイクとも相性抜群な主題を据えたことで、より濃密かつ艶やかな楽曲群の世界観が存分に楽しめる作品となっている。
直近でも代表曲「花が落ちたので、」がYouTubeで1000万回再生を突破し、今作のリードトラックともなる「あんたにあっかんべ」は韓国のVTuber・TENKO SHIBUKI(天狐紫吹)の歌唱動画が450万回再生を突破するなど、日本国内のみならず一二三の人気はアジア圏へも徐々に拡大しつつある。
そんな彼がVOCALOIDと共に歩んできた10年間はどんなものだったのか。また記念すべきアニバーサリーイヤーにドロップされた、ボカロPキャリアの集大成ともなり得る『百鬼夜行』はどのような作品か。アルバムリリースに際し、今回彼に従来の創作活動や作品にまつわるインタビューを行った。「普段過去のことを語る機会はあまりないので新鮮」と笑いながらも、さまざまな角度から自身のエピソードや、“ボカロック×和風”サウンドの魅力を語ってくれた。(曽我美なつめ)
ボカロPデビュー10周年、当時から現在までを振り返る
──今年がボカロPとしての活動を始めてから、ちょうど10周年のアニバーサリーイヤーに当たるんですね。
一二三:そうですね。ボカロ曲を作り始めてから気づけばもう10年、早いなあと思います。
──当時、もともと楽器演奏などの音楽経験はあったんですか?
一二三:いえ、楽器より先に作曲に興味を持ったんです。それで高校の頃から、携帯のアプリを使ってトラックを作ったりしていました。同じく高校の頃からVOCALOIDも知っていて、ニコニコ動画でよく曲を聴いてましたね。
──投稿を始められた2015年頃は、ちょうどVOCALOID文化自体も一度勢いが下火になっていた頃かと思います。当時リスナーとしての一二三さんは、ボカロシーンをどのように見ていたか覚えてらっしゃいますか?
一二三:自分自身も、当時のボカロシーンはやっぱり少し下火になっているとは感じてましたね。今も2010年代前半~半ばにかけての時代は“衰退期”と言われますし、作り手もリスナーも減ってきて、ある意味確かに“冬の時代”だったかなと。シーン全体はそんな状態ではありましたが、やっぱりボカロはもともと好きだったし、リスナーが少なくても「自分が作品を出してみたい」という気持ちの方が強かったので、市場規模や環境はあまり気にせずにやりたいことをやる感覚で投稿していました。
──そこから10年間、シーンと共にいちクリエイターとして活動を続けてこられています。今のボカロカルチャーについてはどのような気持ちで見ているんでしょう。
一二三:2019~2020年あたりから大きく風向きが変わった実感はありましたね。YOASOBIさんやヨルシカさんみたいなアーティストが出てきて、ボカロとJ-POPのシーンがさらに繋がったイメージがあって。そこをきっかけに、いろんな層の人たちがボカロを聴くようになった印象はあります。
──ご自身の曲も、より多くの人に届くようになった実感はありましたか?
一二三:そうですね。2019年頃から徐々にリスナーが増えてきた実感はありました。そこも大きな変化だったと思います。
──逆に、「10年前と変わらないな」と感じる部分はありますか?
一二三:市場の規模感は変わっても、「面白いものを作れば評価される」というところは今も昔も変わらないと思います。独自性を持っている人や、自分にしかない作風を確立している人はちゃんと評価されやすく、そこに惹きつけられたリスナーがファンとなっていく形は、昔からずっと一貫しています。
──他の音楽ジャンルに比べても、VOCALOIDはより強烈な“個性”を重視する風土がやはりずっと根づいていますよね。
一二三:一般的なバンドやアーティストだと、歌い手さんの声が個性として一番目立つと思うんですけど、ボカロはいわば全員が同様のライブラリを使っているわけじゃないですか。だからこそ、オケや歌声のエディットなどで他とどう違う世界観を展開するかが面白さでもあると感じていて。それも昔から変わらないボカロの魅力だと思いますね。
──重ねて、ご自身の創作に関してはいかがでしょう。投稿を始めた当時と今とでは、心境なども当然大きく変わった部分もあると思うのですが。
一二三:学生時代や社会人になりたての頃は自分がアイデアを思いついたら作る、という感じでしたが、今は自分のやりたいこととリスナーさんが聴きたいもののバランスを多少探るようにはなりました。ただ当然、根本的には自分が作りたいものを作る部分は今も昔も変わっていません。
──なるほど。制作の手法などもやはり変わりましたか?
一二三:制作の手順自体は変わってないですね。大体ギターを弾きながらメロディを作って作曲したあと、歌詞を書いて最後に編曲、という流れです。2016年頃に自分の軸をボカロックに定めてから、そこもずっと変わらず今に至ってます。
2017年「花が落ちたので、」「猛独が襲う」で訪れた転機
──改めてこの10年間を振り返った時、ご自身のターニングポイントだったのはいつ頃だったと捉えていますか。
一二三:一番はやっぱり、2017年投稿の「花が落ちたので、」が大きく伸びた時ですね。自分の曲で初めて再生数が1万回を突破したんですが、あれは本当にめちゃくちゃ興奮しました。この年投稿した「猛独が襲う」もかなりたくさん聴かれた曲になって、2017年は間違いなく自分のターニングポイントの一つだったな、と。
──今思い返した時、なぜこの2曲はそこまで伸びたんだと思います?
一二三:「わからない」というのが正直なところなんですよね(笑)。ボカロ曲だけでなくネットで音楽が広がるかどうかって、動画投稿サイトのアルゴリズムの波にうまく乗れるかどうかもあると思っていて。ある種運がよかったのもあるというか。
──最近の若いボカロPには、かなり戦略的に曲をヒットさせようとする思考の方も増えている印象です。そういった考え方はあまりされていなかったんでしょうか。
一二三:ああ、でもそれはもちろん考えてはいました。2016~17年頃も「なぜ伸びないか」という点はやっぱりしっかり考えてましたね。その結果、他の方がやってないことをやる方が強みになると思ったんです。独自性が武器になれば、それを好きになってくれる人が自然と集まるんじゃないかな、と。
──今思えば、まさにその当時は個性あるボカロPの台頭で徐々にシーン全体が復活し始めた印象でした。ナユタン星人さんですとか。
一二三:そうですね。そういった方々の活躍を見て、やっぱり個性の強みは大事なんだな、とも改めて感じました。